AI時代の勝者と敗者 T・H・ダベンポート、J・カービー著
技術で人間の能力を「拡張」しよう
ビッグデータに始まり、人工知能(AI)、ロボット、機械学習、ディープラーニング、認知コンピューティング、スマートマシン……。第4次産業革命などとかまびすしく議論されている現状に戸惑いを感じている人は少なくない。本書はまず、「今、何が起こりつつあるのか」について見取り図を得るために有用である。
本書の狙いは、AI時代に失業することなく、どのように仕事をすべきかを知ることにある。テクノロジーの進展によって米国の仕事の47%が失われるという観測があり、特に危機にさらされているのは認知テクノロジーによって、人間にしかできないと思われていた仕事を侵食されつつある専門家や教師などの知識労働者だ。こうした人々がAI化に対抗してどう判断し対処すべきか、様々な事例を通して具体的に提言している。
我々がこうした変化に対処する方法は5つある。簡単にいえば、機械にできないことを見つけ出し、そこに集中することである。
投資の自動取引モデルの中身がどうなっているかを把握し、モデルの運用を最適化するというような、機械よりも高いレベルで仕事をすること(「ステップ・アップ」)。熟練の修理業者がホースのつなぎ方を容易に見つけるように、機械が得意としない作業をすること(「ステップ・アサイド」)。あるいは、ビジネス要件とテクノロジー性能を橋渡しして、ベンダーから大規模システムを導入するような、機械とビジネスをつなぐ仕事(「ステップ・イン」)。古い写本の年代を特定するような、機械にはできない狭い領域の専門的知識労働を実践すること(「ステップ・ナロウリー」)。IBMのワトソン構築に伴い、ワトソンにコンテンツを読み込ませる「コンテンツ摂取者」という新しい職種ができたように、認知テクノロジーの発達に伴い生まれてくる新しい仕事をすること(「ステップ・フォワード」)。
機械に人間の仕事を「自動化」させる限り人間の仕事は失われる。しかし、技術を人間の能力の「拡張」に役立てれば人間の仕事は失われない。財務会計ソフトは財務アナリストの仕事を奪うのではなく、より多くの分析を可能にして、仕事の総量を拡大した。企業が考えるべきはこうした「拡張戦略」であり、人員削減のための自動化ではない。
テクノロジーが発達し続ける世界にあって、本書は人間の仕事がどのように変化し残っていくかを多くの事例とともに描き出した労作である。
(中央大学教授 田中 洋)
[日本経済新聞朝刊2016年8月28日付]
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