夜尿症 我慢せず受診 ガイドライン12年ぶり改訂
小学校5年生のA君は、所属するサッカークラブの初合宿を前に不安があった。週に1、2回はお漏らしをするからだ。家族以外は誰も知らない。両親がA君を連れて近くの小児科を訪ねたところ、生活習慣のアドバイスの後に「薬かアラームを使うといいかもしれません」といわれた。
夜尿症は腎臓でできる尿の量が多すぎるか、尿をぼうこうにためられないことが直接の原因だ。夜間に起きられないためにお漏らしをしてしまう。小中学生の推定患者数は全国で約78万人。このうち約12万人が医療機関に足を運び、約4万人が治療を受けているとみられる。
治療の基本は食事や睡眠など規則正しい生活をする、夜間の水分摂取は控える、寝る前には必ずトイレに行くといった行動療法だ。日本夜尿症学会理事長の大友義之・順天堂大学練馬病院先任准教授は「それでも8~9割は改善しないので、薬やアラームの出番になる」と話す。
これまでは、ぼうこうに尿をためる働きを促す抗コリン薬と、尿意で目を覚まさせるなどの働きがある抗うつ薬がまず使われた。効果が弱い、作用メカニズムがはっきりしないなどの問題があり、新ガイドラインでは、最初に選択すべきではないと明示した。
新ガイドラインで勧める抗利尿ホルモン薬「デスモプレシン」は尿量が多いタイプに向く。腎臓での水分の再吸収を促し、尿量を減らす。発売当初は鼻からスプレーで成分を吸収させる方式で使いにくく、なかなか普及しなかった。2012年に経口薬が保険適用になり、使いやすくなった。
もう1つのアラーム装置は、ぼうこうの容量が少ないタイプに向いている。下着にセンサーをつけ、お漏らしの水分を検知すると、枕元でブザーが鳴って患者を起こすことを繰り返す「荒療治」だ。海外では以前から使われていたが、国内の評価は必ずしも高くなかったという。
アラームの効果について、自治医科大学とちぎ子ども医療センターの中井秀郎教授は「起こされることが続くと、ぼうこうにたまる尿量が増えていくことが経験的に分かってきた」と話す。装置は医療機器ではなく、インターネット通販でも買えるが、医師の指導を受ける必要がある。自己流は禁物だ。
投薬もアラームも成功率は約75%とされるが、治療期間は長くて個人差は大きい。投薬はリバウンドが起きないように量をだんだん減らしながら平均で1年半はかかる。アラームの使用は2週間連続してお漏らしがなくなるまで、3カ月から半年はかかることが多い。それでも治らない場合は専門医に相談して治療法を見直すことになる。
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日本で最初に診療ガイドラインができたのは04年。当時は学術的に信頼できる証拠は少なく、きちんと臨床研究もしていなかったとされる。順天堂大の大友先任准教授は「学会としても治療の順番や治療を選ぶ道筋は示せていなかった」と振り返る。
また患者の家族としては、受診先が小児科なのか泌尿器科なのか迷うところだ。自治医大の中井教授は「どちらかといえば、小児科医は子供の臓器の未発達な点に着目し、泌尿器科医は臓器の機能不全に着目しがちだ」という。ガイドラインは両者の認識のずれを補い、受診先がどちらでも標準的な診療を可能にする狙いもある。
他人には隠したいため、夜尿症に関する情報は入手しにくいが、「おねしょ卒業!プロジェクト」のようなネットのコンテンツは役に立つ。専門医が分かりやすく解説しているので、参考にするといいだろう。
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ガイドライン本、購入広がる 専門医以外も治療に活用
夜尿症は生死に関わる病気ではないため、病態や治療法に精通した地域の医師はそれほど多くはない。日本夜尿症学会前理事長の金子一成・関西医科大学教授は「専門医でなくても適切な診療ができるよう、ガイドラインを改定した」とセミナーで話した。
小学校高学年になってもお漏らしが続き、意を決して受診しても「もうちょっと様子を見てみましょう」とだけいわれ、結局は治らないケースは後を絶たないという。子供は自信喪失に陥り、いじめや不登校などの原因にもなりかねない。
6月に発売された診療ガイドラインの本とそのポケット判は、一時品切れになるほどの売れ行きだったという。出版社では「想定通り、地域のお医者さんが購入しているようだ」と見ており、診療の改善につながることが期待される。
(池辺豊)
[日本経済新聞朝刊2016年8月28日付]
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