ウルメイワシも土佐一本釣り
ピッチピチ 刺し身甘く
高知の一本釣りといえばカツオが広く知られているが、高知県土佐市ではウルメイワシも一本釣りで漁獲する。全国的にめずらしい漁法を守る宇佐地区を中心に、抜群の鮮度を生かした刺し身のほか、イタリアンなど和洋様々なメニューが満喫できる。
8月上旬、宇佐地区をたずねた。高知市中心部から車で30分ほど。ホエールウオッチングの基地で大きなクジラの模型や「WELCOME TO USA(うさ)」の看板が迎える。
30度を超す気温の中、漁港では水揚げされたばかりのウルメの仕分け作業の真っ最中だ。3人の男性が手際よく大きさや鮮度を見極めながら箱詰めしていく。企業組合、宇佐もん工房の所紀光さん(43)は「夏のウルメは脂がのっておいしい。ただ夏はとにかく鮮度との戦いです」と話す。
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鮮度落ちが早いウルメを生鮮で出荷するようになったのはここ7年ほど。宇佐のウルメ漁は一本釣りによる魚体の大きさやきれいさで定評があったが、漁期は冬場だけで、脂が少なくなる1~3月ごろに漁獲して主に丸干しとして使った。
生鮮で1年を通じて出荷するアイデアを考えたのは所さんだ。「県外出身で妻の実家のある土佐市に移り住んで食べた生のウルメに感動した」。2010年に「ウルメで町を元気にできないか」と地元有志の出資を募り宇佐もん工房を設立し、代表理事についた。
生鮮出荷ができるのは伝統の一本釣り漁ゆえだ。カツオはさおを使って一本釣りするが、ウルメイワシは糸に100個ほどのはりがついた器具を使って1匹ずつ釣り上げる多鈎釣り(たこうづり)という。
網で大量に取る一般的な漁法に比べて、鮮度落ちの原因になる魚が擦れ合うことがない。漁師には自動ではりが外れる器具を使い、釣った後は大量の氷水の入ったクーラーボックスにすぐ魚を入れるなど船上での管理を徹底してもらう。
飲食店との連携も進めた。毎年春の「一本釣りうるめ祭り」の期間に土佐市内の飲食店にウルメメニューを提供してもらう。今年4月に常時提供する店計11店が参加する「うるめマップ」を作成し、スタンプラリーも始まった。
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宇佐地区の割烹(かっぽう)なかうちの店主、中内洋介さん(63)は、約10年前に帰郷し店を開いた。「父が趣味の釣りで持ち帰ったウルメの味が忘れられない」。おいしさにもかかわらず、価値を生かせていない状況を料理人の立場からなんとかしたいと考えた。
中内さんによると「一本釣りウルメはさばいた時の包丁の入り方が全然違う」。店のおすすめはウルメづくしの「一本釣りうるめ御膳」。刺し身やフライ、かば焼き、あぶり、すしが一度に味わえる。「ウルメはマイワシよりも魚体が大きく刺し身にも向いている。甘みを感じる生でまず味わって」とすすめる。
蓮池地区にあるイタリア料理店、モルゲンロートのシェフ、畠中貴行さん(45)も地元食材にこだわる。「ウルメはイワシの中でもしっかりした味。高知名物のタタキにできるカツオに通じるかも」と話す。店ではバジルのソースと合わせることが多い。
一番人気のウルメメニューが、じっくり5時間ほど火にかけてうまみを凝縮させる自家製のオイルサーディンを使ったパスタだ。オリーブオイルに数種類のハーブや昆布とつける。1皿に1匹分のウルメを使っており、パスタにウルメのうまみがからむ。地元の新鮮野菜との相性も抜群だ。
ほかにも漁港からすぐの「宇佐もんや」のうるめぶっかけ漬け丼や、「魚菜稲月」のうるめ南蛮定食など人気メニューは多い。「2週間連続で徳島から食べにきた夫婦もいました」(宇佐もんや)
宇佐もん工房ではウルメ加工品も生産している。水揚げしたウルメは漁港のすぐそばの加工場に運ばれ早ければ3時間後には商品になる。つみれなどネット通販でも人気がある。
伝統漁法とそれを生かそうと強い思いを持つ人々。クジラやカツオの国・土佐で小さな魚が多くの人を呼び込むのはこれからだ。
日本では主にマイワシとウルメイワシ、カタクチイワシの3種類のイワシがとれる。マイワシの場合、1988年の約450万トンをピークに急激に減り続け、2005年には150分の1の約3万トンにまで減った。大衆魚から高級魚の仲間入りをしたともいわれるが、最近は漁獲量の回復傾向が出ている。
ウルメは大きな目が「脂瞼」という透明な膜に覆われて潤んでいるように見えることから名前がついた。宇佐もん工房などは、この特徴を生かしたイメージキャラクター「うるえもん」を作成、PRしている。
(高知支局長 高田哲生)
[日本経済新聞夕刊2016年8月23日付]
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