学力・心理・家庭環境の経済分析 赤林英夫、直井道生、敷島千鶴編著
親の所得は教育に影響するのか
本書は、親の所得が子どもの学力水準に与える影響を分析した学術書である。両者にマイナスの因果関係があるなら、親の所得の低さが子どもの将来の所得にも悪影響を与え、経済格差が世代間で固定あるいは拡大してしまうという深刻な問題を社会に生じさせる。
従来の日本の研究では、ある一時点のデータを使い、両者にマイナスの関係があることを示してきたものの、所得以外の家庭環境やその他の要因からの影響を十分考慮しておらず、因果関係までを検討する段階に至っていない。所得がどのようなメカニズムを通じて学力水準に影響を与えるのかも検討されてこなかった。
研究が停滞してきた一因は、政府が分析に必要なデータを整備してこなかったことにある。因果関係やメカニズムの分析には、家庭環境に関する詳細なデータに加え、子どもの生来の能力などの特性も考慮する必要がある。個人レベルでの複数時点のパネルデータの構築が不可欠である。
編著者たちによる研究グループは、資金、労力ともに多大な負担が生じる「同一の子どもを一定期間にわたって追跡調査し、異なる時点における家庭の状態と、子どもの学力(認知能力)や心理(非認知能力)などの計測」を全国の小学1年生から中学3年生を対象に実施した。
本書は、日本で初めて収集された画期的な調査であるパネルデータを使い、子どもの学力や心理に与える親の所得水準や子どもへの関与の度合いを様々な角度から検証した厳密な実証分析の結果を紹介している。
一般読者に配慮し、実証分析の手法などに関する簡潔な解説を随所に加えている。家庭環境が子どもの学力などに与える影響に関し、9つの章で様々な興味深い結果を報告している。
従来の結果と大きく異なる発見の一つが、親の所得が必ずしも子どもの学力などに影響を与えない可能性を指摘したことである。一方、親の教育投資や学校参加が、子どもの学力を規定する重要な要因であることを指摘している。
この分析を嚆矢(こうし)として、親の所得、親の子どもの教育への関与の度合い・タイミング、学校の選択と学校の教育の質が子どもの学力などに与える影響についての分析といったより総合的かつダイナミックな研究に発展させることが望まれる。
本書で展開されている研究手法が広く活用され、教育政策に関する研究がさらに深まることを期待したい。
(学習院大学教授 乾 友彦)
[日本経済新聞朝刊2016年8月14日付]
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