ストレス検査、企業手探り
プライバシー保護周知し受験促す 異動に生かした例も
「あなたの仕事についてうかがいます。最も当てはまるものに○を付けてください」
こんな書き出しで始まるテストを受けた人は多いだろう。昨年12月の改正労働安全衛生法の施行で年1回、行うことになったストレスチェックだ。項目は4つに大きく分けられる。
まずは仕事の状況について。▽時間内に仕事が処理しきれない▽部署内で意見の食い違いがある▽職場の作業環境はよくない――といった項目について「そうだ」「ややちがう」などの選択肢から選ぶ。最近1カ月に不安や憂鬱、腰痛、目まいなど心身に不調が出た頻度のほか、上司・同僚や家族のサポート度合い、仕事や家庭生活の満足度も聞かれる。
対象は企業や自治体など従業員・職員が50人以上の事業所。職場でのストレスが原因で心の病になる人は増えており、従業員が置かれた環境を把握することでメンタルヘルスの不調を防ぐ対策に生かしてもらう。
項目は企業側に委ねられているが、厚生労働省が例示した57問を使う場合が多い。それぞれに点数が設定され、合計点でストレスの度合いを判定し、従業員に通知する仕組みだ。
ストレスが高い人が希望すれば、医師が面接して助言。企業は医師の意見に基づきその人の業務負担を減らしたり、全体の分析結果を受けて職場環境を改善したりする。
11月末までに1回目を実施するよう求められており、企業は対応を進める。ストレスチェックを受託するアドバンテッジリスクマネジメント(ARM)が中小を含む全国600社を対象に調査したところ、8月末までに実施を終えると答えた企業は6割超だった。
課題も見えてきた。1月、約7千人の従業員を対象に実施したアパート賃貸大手のレオパレス21。寺嶋洋一・人事部課長代理は「当初は受検率が65%にとどまった」と振り返る。社員からは「忙しい」「意義が分からない」の声のほか、「プライバシーが漏れるのが嫌だ」という意見が出た。
制度は従業員が受検するかどうかは任意とし、受けないことを理由にした不当な取り扱いを禁じている。また検査自体は企業ではなく、委託された医師・保健師や外部機関が行うのがルールで、本人の同意なしに個別の結果は企業に知らされることはない。制度の趣旨に加え、こうした点を丁寧に説明し、受検への理解を求める必要がある。
レオパレス21は当初2週間とした実施期間を10日ほど延長。「プライバシー厳守」なども周知し、受検率は85%に向上した。約460人は「高ストレス」と判定され、20人が医師と面談。その結果、8人は部署を異動してもらった。「休職に至らないよう一定の対処ができた。どの部署で過重労働やコミュニケーション不足があるのかも洗い出せた」(寺嶋氏)
結果を生かし、こうした配置転換や休職、管理職研修などをどう行うかも課題だ。ARMの神谷学常務は「『どう対応すればいいか分からない』との相談は多い」と打ち明ける。メンヘル対策に不慣れで戸惑う企業は少なくないようだ。
JR系の鉄道情報システム(東京・渋谷)はストレスチェック制度に先立ち、2011年から毎年、社員約600人に検査をしてきた。稲垣隆之人事課長は「10人ほどいた休職者が2~3人に減り、多くは1~3カ月で復帰できている。検査などを踏まえ、症状が軽いうちに対処できているためでは」と話す。
検査を積み重ねれば、こうした一定の効果がみられるかもしれない。制度に詳しい産業医の深沢健二氏は「すぐにはうつ病などは減らないかもしれない。ただ従業員がSOSのサインを出すにはいい機会で、前向きにとらえて受検してみては」と話す。
◇ ◇
労災認定 10年で3.7倍に
ストレスチェックの導入は、自殺者数の多さや精神疾患による労災認定の増加を受けてのことだ。
年間の自殺者は1998年から14年間、3万人超えが続き社会問題に。2015年まで6年連続で減ったが、同年でも2万4千人に及ぶ。精神疾患による労災申請は15年度で1515件と10年前の2.3倍。認定件数は472件で同3.7倍に増えた。
これらを背景に、政府は職場のストレス緩和やメンタルヘルス対策を重点的に行う方針を決め、10年から制度導入の検討を開始。昨年12月の制度施行につながった。
(野村和博)
[日本経済新聞朝刊2016年8月14日付]
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