人気アーティストのライブ、スマホ撮影OK
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観客の撮影禁止が当たり前だった歌手のコンサートで、条件付きで撮影を認める例が相次ぐ。写真をネットに上げて感動を共有したいファンの願いに応えた動きで、宣伝効果も大きい。
その日のライブでは、見慣れない光景が広がった。歌手の藤井フミヤが7月13日、東京・渋谷のライブハウスで新作アルバム「大人ロック」の発表を記念した公演を開催。最後の曲「友よ」を歌う直前、呼びかけた。「撮りまくって!」。約2600人がスマートフォン(スマホ)や携帯電話を頭上に掲げ、絶好の一枚を撮影しようとシャッターボタンを押し続けた。
SNSで宣伝効果
終演後、会場の外ではファンが写真を見せ合ったり、その場でフェイスブックやツイッターといった交流サイト(SNS)にアップしたりしていた。港区の主婦(49)は「感動を記憶だけでなく、写真に残せてうれしい」と感激していた。
藤井がライブ中のスマホなどによる写真撮影を認めるのは、今回が初めて。来場者へのサービスのほか、SNS上で拡散されることの宣伝効果も狙う。事務所「エフエフエム」でマネジメントなどを担当する多加喜浩一氏は「ファンによるツイッターの投稿数は通常公演の10倍超に増えた。一定の効果があった」と喜ぶ。
浜崎あゆみも5~7月の全国ツアーで、観客の写真撮影を一部の楽曲で初めて解禁した。海外のアーティストでは撮影を認める例が多く、浜崎自身が提案。認められていない動画撮影などの違反もなく、公演初日からファンが途切れることなく写真をSNSにアップし合った。反響は大きく、ツアーの中盤には撮影OKの曲数を当初の3曲から10曲程度に増やしたほどだ。
エイベックス・ミュージック・クリエイティヴの米田英智第3音楽事業部長は「ファン同士が写真をシェアしたり、掲載された写真を基に『このシーン、良かったよね』と話に花を咲かせたりと、SNS上の発信に勢いがあった。ライブから足が遠のいていたライトなファンも敏感に反応するなど、広がりのある情報発信ができた」と手応えを語る。「撮影解禁で悪いことは何もなかった」ことから、今後のツアーでも撮影許可を続けるか検討する。
こうした動きに対し音楽評論家の反畑誠一氏は「デビューしたばかりのバンドが撮影を認めることはあった。だが一線級のアーティストがやり始めたのは、新しい現象だ」と指摘する。
背景に挙げるのが人々の行動パターンの変化だ。例えば、外食でおいしい料理に出合えば撮影してSNSに即掲載する。身の回りの出来事を文章だけでなく写真と共に他者に知らせたいという欲求は高まっている。反畑氏は「そうしたニーズをミュージシャン側が敏感にすくっている。CDの売り上げが落ちてもライブの動員は好調だ。公演の重要性が高まるなかで、ファンの満足度を高めようと撮影解禁の流れが強まっているのでは」とみる。
動画解禁の例も
動画撮影を認めるアーティストも出ている。コンテンツ配信会社フェイス(京都市)は3月、観客がスマホなどで撮ったライブ映像を生中継で配信できるiOS向けアプリ「ビデオクリッパー」の提供を始めた。撮影が認められた公演で、複数のユーザーが会場内で撮る映像を視聴者はアングルを切り替えて楽しめる。
同社第一企画営業本部の中西宗博氏は「従来は記録して少し時間を置いてからユーチューブなどの動画サイトにあげるのが一般的だった。今はそれでは物足りないと思うファンは多い。目前のライブの感動を即座に伝えたいと思う人が増えている」と話す。同社によると、バンドのクラムボンやトゥイーディーズなど50を超えるミュージシャンらのライブが観客の手で配信され、利用は拡大の一途だ。
(文化部 諸岡良宣)
[日本経済新聞夕刊2016年8月9日付]
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