重力波は歌う ジャンナ・レヴィン著
検出までの生々しい人間ドラマ
アインシュタインは1915年に一般相対性理論の最終稿を発表したのだが、その理論から5つもの新現象の予言をしていた。水星の近日点の移動、重力場による光の屈折、宇宙の膨張、ブラックホールの実在、そして重力波の存在である。初めの4つは既に宇宙観測によって実証されたのだが、最後の重力波の検出のみが残されていた。小さな空間の歪(ゆが)みが波のように宇宙の彼方(かなた)から伝播(でんぱ)してくる現象で、その検出には長さが4キロメートルのバーに生じる原子核サイズの1万分の1の大きさというごく微小なズレを計測しなければならず、アインシュタインの最後の宿題と言われてきた。
その重力波の信号をアメリカの2台のLIGO(ライゴ)と呼ぶ装置が見事に捉えた、との歴史的発表が今年の2月に行われたことはご存じだろう。ようやく一般相対性理論発表後100年にして、アインシュタインの宿題が全部果たされたことになる。今年度のノーベル賞は確実なのではないだろうか。
本書は、重力波検出装置が構想されてから50年後に実際の検出に成功するまでの経緯を、著者が頻繁に研究現場に足を運んで取材して書いたものである。装置の設計段階、予算獲得段階、建設段階のそれぞれにおいて、アイデアの衝突があり、研究チーム運営の主導権を争っての確執もあった。最終的に3億ドルもかかった巨大プロジェクト(関係する研究者の数は1000人以上)であるだけに、一筋縄では進まなかった事柄が数多くあったのだ。本書の大半は重力波の検出前に書かれていたこともあって、装置建設の裏話の一部始終が生々しく描かれており、科学の世界も人間ドラマに満ちていることがよくわかる。
発見された重力波は、2個のブラックホールが互いの周りを回る連星になっていて、回転エネルギーを放出して最終的に合体する寸前の断末魔の声を上げた瞬間の、たった0.2秒間を捉えたものである。LIGOの感度向上の工事を終えて観測開始してから数時間後のことであった。このことを考えれば、今後多くの重力波源が発見されると期待できそうである。日本が建設した重力波検出装置「かぐら」が3月から動き始めたが、出番も多いのではないだろうか。
LIGOが捉えた重力波の振動数は数十から数千ヘルツの範囲であり、私たちが耳で聞く歌声と同じである。そのこともあって本書のような標題(原題は「ブラックホール・ブルース」)が付けられているのも楽しい。
(名古屋大学名誉教授 池内 了)
[日本経済新聞朝刊2016年8月7日付]
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