イン・アメリカ スーザン・ソンタグ著
米国でコミューン夢見る女性
2004年に亡くなったスーザン・ソンタグは、『反解釈』や『隠喩としての病い』といった、ものの見方をがらりと変更させるような挑発的なエッセイで多くのファンを魅了してきた、いわば「批評家」として広く知られてきたが、じつは、『火山に恋して』と本書といった大部の歴史小説を書き残していった「小説家」でもあった。

本書を書いていたときのインタヴューでは、小説とは大きなボートのようなものであり、「わたしのなかのエッセイストは要するに小説家の一部だったってこと」と、自分は小説家だったことにあらためて気づいたと語っていた。(『パリ・レヴュー・インタヴュー』(2)より)
『火山に恋して』は18世紀末のナポリの社交界が舞台で、実在した人物たちがモデルになっている話だが、本書は19世紀後半のポーランドとアメリカが舞台で、やはり実在の人物たちをモデルにしている。ポーランドですでに名声を得ていた大女優が、とつぜん、アメリカへの移住を決意して、家族と友人たちを引きつれてカリフォルニアで新生活をはじめ、やがてはアメリカでも舞台女優として大成功をおさめたという実話がもとになっている。
しかし、この女優がそもそもアメリカに行こうと思ったのは、女優としての自分の力を試すためなどではなかった。19世紀後半のアメリカは、ヨーロッパで大活躍していた女優から見れば、まだまだ文化的には洗練されていない大きな田舎にすぎなかったのだから。
彼女がしたかったのは、生き方を変えること。女優であることをやめて、アメリカという新大陸で自給自足のコミューンを家族や友人たちと建設することだった。19世紀半ばは、シャルル・フーリエなどが思い描いた空想的社会主義思想に影響をうけた人々が新しい共同体を模索する動きが少なからずあって、新大陸アメリカでもいわゆる超越主義者たちがブルック農場というコミューンの建設を試みていた。アメリカでならそんな共同体はきっと可能なのだ、と彼女と仲間たちは夢見たのである。
そんな試みの詳細が本書の半分以上を占め、その試みに挫折した彼女がいとも簡単に女優としてアメリカで復活する様子が残り半分で描かれる。いずれのパートにおいても、元伯爵の夫と作家の男との三角関係を軽快につづけていく、「ヤドナシっていいな」と語る女優の存在感が強烈だ。
(翻訳家 青山 南)
[日本経済新聞朝刊2016年7月31日付]
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