「未病」改善、神奈川県挑む 健康状態「見える化」
神奈川県立保健福祉大学はこの4月、構内の食堂の一角に「未病を改善する栄養サポートセンター」を設置した。毎月第2・第4木曜の午前中、管理栄養士が無料で住民の相談にのる。
「食欲はどのくらいありますか」「食事の時に食品の組み合わせを考えていますか」
血液中の鉄を含む成分、ヘモグロビンの値を測って貧血になっていないかを調べるほか、質問票の回答を基に食生活の改善点などを助言する。
貧血を検査する理由は、病気でもないのに目まいや息切れ、疲れやすいといった症状との関係が深いためだ。ヘモグロビンが減少すると脳や心臓、全身の筋肉に行き渡る酸素が不足がちになり、こうした症状が出やすくなる。これが未病の状態で、早めに気づいてもらう狙いがある。
助言する内容は取り入れやすさに配慮した。貧血の対策では、鉄分を多く含むブリや納豆、小松菜などの例を示し「女性(月経がある場合)なら1日10.5ミリグラムの摂取が望ましい」と、メニューに加えるよう勧める。食品栄養科学が専門の倉貫早智准教授は「小さな工夫の積み重ねが大事」と話す。高齢女性を中心に関心が高いという。
保健福祉大は2015年度まで、生活習慣病のリスクを減らす機能性食品を活用する国のプロジェクトに参加し、消費者に食事の栄養バランスの大切さを訴える情報発信の場を臨時に設けた。未病の改善も考え方は同じ。県の支援を得て拠点を同センターに移して活動を続ける。
県内で未病の言葉が目につくようになったのは、黒岩祐治知事の旗振りで健康寿命日本一を目指す「未病を治すかながわ宣言」を発表した14年からだ。当時、県内男性の健康寿命は70.9歳(全国12位)、女性は74.36歳(同13位)と決して悪くなかったが、高齢化のスピードは速く、事前に対策に乗り出す必要があると判断した。
活動の柱は(1)バランスのよい食生活(2)日常の運動・スポーツ(3)社会参加と交流の3つ。以前から唱えられている健康づくりと大差はない。県健康増進課の鈴木慎一課長は「違いがあるとすれば、あらゆる世代を対象に健康への意識を高めてもらうこと」と解説する。生活習慣病への対策は中高年以上の世代に偏る。未病なら小学生の肥満対策や働き盛りの人たちのストレス対策なども含まれる。
未病対策で県は、健康状態の「見える化」にも力を入れる。血圧や体脂肪、脳の認知機構などの測定機を置いた市町村や企業の施設を「未病センター」と認定し、10カ所を整備した。
神奈川県予防医学協会はNTTアイティ(横浜市)などと協力して多くの県民が利用しやすい仕組みを検討している。予防医療に詳しい横浜市立大学の杤久保修特任教授を部長に迎え、腕時計型の計測機を利用する。脈拍数と身体の動き、睡眠時間などを連続で記録し健康状態を数値化する。
20~65歳の勤労者100人(男性85人、女性15人)に事前に試したところ、20人が未病と判定できた。このうち16人に続けて腕時計型の計測機を着けてもらい、飲酒量を減らしたり歩く時間を延ばしたりする改善策を提案したところ、11人で改善する効果がみられた。「見える化」が意識を高めたようだ。同協会は今秋にも事業開始を見込む。
高血圧や糖尿病、脂質異常など生活習慣病の発症原因は、2~3割は遺伝的要因で6~7割は生活習慣によるといわれる。杤久保特任教授は「生活習慣の乱れを察知し適切に改善することが未病対策の基本」と強調する。
神奈川県は傘下の関連機関を総動員するほか、県内に立地する企業とも組んで未病の改善に挑む。多くの自治体は、健康に無関心な住民をいかにして巻き込んでいくのかに腐心している。未病に着目した神奈川県の取り組みは参考になるだろう。
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健康と病気 中間の状態
▼未病 健康と病気ははっきりと2つに分かれるのではなく連続しており、その中間にある状態を指す。中国の古典医学書に登場し「病気の前兆を早く見つけ、症状がでないようにするのが名医だ」との教えを説いた。漢方薬による治療法の基本的な考え方になっている。
軽度の糖尿病や高血圧、早期のがんは未病に位置づけられる。きちんと対策を取れば、健康な状態に近づく。生活習慣病対策や予防医療の大切さが唱えられるとともに未病への関心も高まり、日本未病システム学会が1997年に発足した。
(編集委員 永田好生)
[日本経済新聞夕刊2016年7月28日付]
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