背信の都(上・下) ジェイムズ・エルロイ著
戦前・戦中が舞台の新シリーズ
出世作『ブラック・ダリア』を嚆矢(こうし)とするLA4部作と呼ばれる一連の警察小説でジェイムズ・エルロイはアメリカを代表する作家になった。4部作のラストを飾る『ホワイト・ジャズ』は素晴らしい作品で、何度読み返したかわからない。わたしの本棚にあるこの作品は読み返し過ぎたせいであちこちがすり切れてしまっている。
その後、エルロイはその作品世界をアメリカ全土に広げた。「悪い白人たち」によるアメリカ合衆国の近代史に挑んだのだ。
正直、こちらの3部作は風呂敷を広げすぎたという感が否めない。FBIにCIAにマフィアにホワイトハウス。あまりに広大な舞台背景に、主人公たちは埋没し、エルロイの小説に満ち溢(あふ)れている「狂気」が薄まってしまったのだ。
そのエルロイが、再びLAを舞台にした警察小説に戻ってきた。また4部作になるという。最初の4部作は第2次大戦後のLAが舞台だった。今度の4部作は戦前、戦中のLAが舞台になる。その第1作が『背信の都』だ。
この作品でなによりわたしの興味を引いたのは、最初のLA4部作で影の主役を務めていた悪徳警官、ダドリー・スミスの視点から物語が描かれるという点だった。
三人称で描かれるエルロイの作品は、基本的に、3から4人の主役のそれぞれの視点で交互に語られる。その複数の主役のひとりがダドリー・スミスなのだ。
初期4部作で多くの警官の人生を狂わせたダドリー・スミス、その若き日の姿を読むことができる――。わたしは胸を躍らせて本書を手に取った。
そこに描かれていたのはいつものエルロイの世界だった。奇妙な殺人事件が起こり、警官たちが捜査をはじめ、そこにあくどい方法で金を儲(もう)けようとする「悪い白人たち」の陰謀が絡む。そして、語り手である警官たちの悪夢のような日々が描かれるのだ。
後に悪霊のごとき存在と化すダドリー・スミスもまた、悪夢に襲われる。迷い、惑い、求めて得られず、絶望の淵に追いやられて死に直面する。悪徳警官だからといって、心の底まで腐敗しているわけではない。
人はいいこともするし、悪いこともする。
エルロイの人間観は変わらない。
日本人や中国人の描き方に苦笑することもあったが、それもご愛敬(あいきょう)。
エルロイ・マジックは健在だった。
(作家 馳 星周)
[日本経済新聞朝刊2016年7月24日付]
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