失業なき雇用流動化 山田久著
成長につながる労働市場改革 考察
経済全体にとって流動的な労働市場は望ましいが、個人にとっては、慣れ親しんだ職場を離れるリスクは大きい。このジレンマにとらわれてきたことが、日本経済停滞のひとつの要因となっているという。
本書は、「良い雇用流動化」と「悪い雇用流動化」を区別して考える。前者は、成長分野で付加価値創造プロセスに付随して生じる「デマンド・プル型」であり、1980年代までの成長期に典型的であった。後者は、停滞分野の人件費削減に伴う「コスト・プッシュ型」で、90年代以降の停滞期に顕著となった。前者のデマンド・プル型の労働移動を促進することが、主要な政策課題となる。
もっとも、現実には成長産業への労働移動が、当分野での雇用増加や賃金上昇を伴わないという、パラドックスが生じている。代表的な成長分野の情報通信業で、逆に雇用の減少が生じている。かつて独占企業であったNTTが合理化で人員削減を続ける一方で新興企業の経営基盤の弱さから雇用吸収力が十分でないためという。この背景には、同じ職種でも企業規模間での賃金格差が大きい企業別労働市場の制約がある。これが情報通信分野での良い労働移動を妨げる要因となっている。
急速な高齢化に伴う需要増が見込まれる介護サービスも成長分野である。ここでも慢性的な人手不足にもかかわらず、賃金が上がらない。他産業への離職率が高く、介護労働者の技能蓄積が困難となっている。
これは介護サービスの価格が市場の需給ではなく、政府が定める介護保険の報酬単価で決まる価格統制のためである。また、介護需要の増加傾向にもかかわらず、財政上の制約から介護報酬単価が引き下げられるという矛盾がある。現行の社会保険制度のゆがみが、介護の高付加価値化を妨げ、望ましい雇用流動化を損ねているといえる。
著者は経済活性化につながる労働市場改革として、人材育成とセットされたデマンド・プル型労働移動を提唱している。そのためには、これまで先送りされてきた正社員の働き方の改革が不可欠になるとしている。
著者のユニークな主張として、「好況期のリストラ」の提言がある。現行では、企業の赤字が持続するなどの場合に限定して整理解雇を認められる。その結果、雇用の受け皿の大きな好況期に、雇用確保のための不採算部門を維持することが、流動化の妨げとなっている。雇用流動化への賛成者だけでなく反対者にも有用な一冊といえる。
(昭和女子大学特命教授 八代 尚宏)
[日本経済新聞朝刊2016年7月24日付]
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