作家や編集者・雑誌記者を描く小説、続々
出版不況 はねのけたい
「この小説を売りたい」。多くの書店員が強く訴える話題の本がある。5月に刊行された早見和真著「小説王」(小学館)だ。
早見は2014年に出したミステリー小説「イノセント・デイズ」で日本推理作家協会賞を受けた。「小説王」は、編集者が要望したテーマで初めて執筆。近年、職場の内実や働く人たちの日常を描く「お仕事小説」や「お仕事漫画」が人気を集めるが、早見は「お仕事小説が嫌いで最初は依頼を断った」と明かす。
だが、「編集者から『自分の仕事について小学生の息子に分かってもらえる本を書いてほしい』と説得され、その熱意にほだされた」(早見)。装画と挿絵には「お仕事漫画」で唯一心を揺さぶられた故土田世紀の漫画「編集王」を使った。「漫画に負けない作品を作る」。その思いは作品に熱量となって表れた。
辛辣な言葉連打
その一端が、刊行点数を増やして一発あてることばかり考える編集者や作家、ひいては出版界全体に浴びせる辛辣な言葉の連打だ。「この業界はもう(略)熱っぽくない」「誰も出版の未来に対して甘い夢なんて見ていない」など手厳しい。早見は「これまでの作品で、よその業界のことをえげつないほど取材して書いたのと同様、自分がいる業界について隠し立てしなかった」と言う。
この作品は、単なる業界批判にとどまらない。最終的に「生きるために小説は必要か」を問うた。「小説は他人の人生を追体験できる。物語を必要とする時代は必ず戻ってくる。年に1冊しか読まないような読者に手にしてもらって、一人でも多くの人を小説の世界に引っ張り込みたい」と早見は熱く語る。初版6千部で、書店員らの後押しもあって重版は目前だ。
反骨精神に意義
出版社の中には総合週刊誌を発行する社もある。4月に刊行された大崎梢著「スクープのたまご」(文芸春秋)は、入社2年目の女性社員が週刊誌の事件班に配属され、記者として悪戦苦闘する姿を描く。「プリティが多すぎる」(文春文庫)、「クローバー・レイン」(ポプラ文庫)に続く出版社「千石社」を舞台にしたシリーズ最新作だ。
本の帯には政治家の疑惑報道などでスクープを飛ばす「『週刊文春』編集長公認」と銘打つ。タレコミ情報の対処や張り込みなどの描写は「記者に聞いた話を反映した」(大崎)。ネットの普及などで週刊誌の発行部数は最盛期に比べ大幅に減った。それでも発行を続けるのは「週刊誌にしかできないことがある」(大崎)からだ。「読者の感情に訴える力がある。正義面せずに反骨精神を貫く週刊誌ジャーナリズムはこれからも必要だ」と大崎は言う。
昨年12月刊行の宮木あや子著「校閲ガール ア・ラ・モード」(KADOKAWA)は、原稿の誤りを訂正する校閲部を描いた。前作「校閲ガール」も近く文庫化される。辞書編集部を舞台にした三浦しをん著「舟を編む」(光文社)は12年の本屋大賞を受賞した。漫画では、テレビドラマにもなった松田奈緒子著「重版出来!」(小学館)や安野モヨコ著「働きマン」(講談社)が知られている。
出版界の内幕を描いた作品は送り手側が当事者のため、楽屋話に読者が興ざめする恐れもあるが、細部までリアリティーが追求できる。そうした小説が増えているのは、なぜか。
「小説新潮」元編集長で文芸評論家の校條剛氏は「ネット発の小説が新たな読者を開拓している今、旧態依然とした出版界が舞台の物語がどれだけ読者を引き付けられるのか」と疑問を呈しつつも「安定した業界は熱血漢が活躍する舞台には向かない。出版不況も一因だろう」と指摘する。
「小説王」の中には、新作をネットに先行連載して話題を呼ぶ場面がある。本が売れない現状への危機感が高まれば、読者獲得にもがく出版社を描いた作品はさらに増えるだろう。
(文化部 近藤佳宜)
[日本経済新聞夕刊2016年7月19日付]
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