一夜限り、幻想的に咲くサガリバナ 石垣島の群落守る
日本写真家協会会員、大塚勝久
日本では奄美大島より南に咲くサガリバナという木をご存じだろうか。高さ10メートル。夏の夕闇が近づくと、白やピンク、淡い黄緑に色づいた一夜限りの花を咲かせる。その姿は、闇にともる花火のように幻想的で美しい。
故郷の大阪から沖縄に移住し、島々を40年あまり撮り続けている私は2010年、石垣島の北端に位置する平久保半島のサガリバナ群落に出合った。その数4万本を超える。第一発見者の米盛三千弘・邦子さん夫妻に導かれて森に入り、甘い香りを漂わせて月光の下で咲く姿に魅せられた。
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有志と保存会を結成
米盛さんを会長にサガリバナの保存会も結成し、傷んだ木の手入れや植樹などに取り組んできた。こうした環境保全活動もあって4月、平久保半島のサガリバナ群落は一部の民有地を除き、西表石垣国立公園の追加指定を受けた。
私が群落を初めて目にしたのは10年7月。米盛さんには友人の紹介で前年に出会い、群落のことを聞いていた。半島を流れる平久保川の上流、米盛さんの畑の奥に300本のサガリバナの森が広がっていた。
米盛さんは05年、畑仕事で偶然にサガリバナの群落を見つけた。当時、辺りは雑草が生い茂り、粗大ゴミも散らばる荒れた状態だった。もともと花好きのお二人は「島の人たちにサガリバナを楽しんでもらえたら」という気持ちでゴミの片づけ、雑草刈り、害虫駆除や枝葉の手入れなどの保全作業を始めたという。
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約4万本の大群落確認
サガリバナは水がある場所を好む。米盛さんが発見した群落は湿地のため、足元がおぼつかない所がある。私が初めて群落を訪れた時、米盛さんは「子どもやお年寄りが安心して森に入れるように」と、近くの河原や農地から石を拾い集めて観賞用の遊歩道を整備中だった。私も写真撮影が一段落すると慣れない一輪車を操って道作りを手伝い、すっかり「森の人」になってしまった。
米盛さんによると、平久保半島にはこのほかにもサガリバナの生えている場所があるという。10年9月に米盛さんの案内で半島内の久宇良川流域を環境省が視察したところ、水たまりや小川の流れに沿ってサガリバナの木が密集していたのだ。
同行した私の目にも、水面に浮かぶピンク色のサガリバナの花が実に幻想的に映った。のちに環境省が詳しく調査をしたところ、約3ヘクタールの区域内に成木・幼木合わせて4万4300本の大群落が確認された。
地域の花好きの人びとが少しずつ、米盛さんを手伝うようになっていた。ボランティアの中から保存会設立の声が上がり、「平久保サガリバナ保存会」が11年7月にメンバー9人で発足した。台風で折れた枝を挿し木にしてよみがえらせる作業など、保存活動に終わりはない。
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「子どもたちの財産に」
6月の開花時期を迎える前、子どもたちも参加して群落を大掃除する。サガリバナの花が開く夕暮れ時には「鑑賞会」も開催。枝からいくつものツルがぶら下がり、鈴なりに連なったつぼみがだんだんと膨らみ始める。満開まで約3時間。自然が惜しげもなく見せてくれる一級のショーに、子どもたちもじっと見入っている。
「誰よりもこうした子どもたちの財産として、サガリバナの群落を未来に残していこう」。保存会では皆がそんな思いで活動している。「サガリバナの森を子どもたちの学びの場とする」「子どもたちの未来につなげる」……。13年に保存会で「平久保サガリバナ憲章」を定めた。環境保全や地域作りに加えて、特に子どもたちを意識した項目を入れた。
同じ八重山諸島の竹富島では伝統芸能や文化を軸にしたまちづくりに成功し、いったん島を離れた若者が戻って来られるようになった。平久保ではサガリバナに象徴される豊かな生態系が子どもたちにとっての宝ものになり、誇りを持って暮らしてくれればと願っている。
サガリバナを撮った作品3万枚の中からさらに83枚を選び、写真集「平久保半島サガリバナの原風景」(南山舎)にまとめた。「21世紀に発見された奇跡の森を記録する」。写真家である自らに課した務めを何とか果たすことができた。
(おおつか・しょうきゅう=日本写真家協会会員)
[日本経済新聞朝刊2016年7月18日付]
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