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1941 決意なき開戦 堀田江理著 真珠湾攻撃までの道のり描く

2016/7/17付 日本経済新聞 朝刊

 欧州では、第1次世界大戦から100年ということもあり、20世紀の2つの世界大戦への関心は高い。近年のテロリズムや虐殺行為の「起源」として、一人ひとりに何ができるのか歴史に学ぼうとしている。

(人文書院・3500円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

 では、日本ではどうか。昨年の「戦後70周年」にくらべて、出版物もドキュメンタリーも低調だ。そもそも、「あの戦争」は、日本人にとって、長いあいだ「反省」し「悔悟」すべき歴史事件だった。とはいえ「あの戦争」はいったいいつ始まったのか――満州事変からなのか、日中戦争からか、あるいは近代日本の歴史そのものが「悔悟」すべき対象なのか――この問題は、政治的外交的にむしろ曖昧にされてきたといえよう。

 この曖昧さは、1941年に日本が米英に挑んだ戦争について、とくに「ポイント・オブ・ノーリターン」「避戦」をめぐる議論にも影響を与えてきた。

 本書の分析によれば、41年に米英に対して「日本の始めた戦争は、ほぼ勝ち目のない戦争」だった。日本の指導者もそれを「概(おおむ)ね正しく認識していた」。ひるがえって、開戦決意に至るまで、幾度となく「避戦」のチャンスは、政治的外交的にも、また軍事的にも存在したと、著者は明晰(めいせき)に指摘する。「開戦決意は、熟考された軍部の侵略的構想に沿って描かれた直線道路ではなかった」。むしろ、きわめて曖昧なものであった。

 著者は米プリンストン大で歴史学を、英オックスフォード大で国際関係学を学び教える、気鋭の研究者だ。史料批判はもとより、歴史叙述の巧みさは圧倒的である。本書は、米国民向けに「日本はなぜ真珠湾を攻撃したのか」を説明する目的で、まず英語で刊行された。ニューヨーク・タイムズをはじめ各紙が本書を称賛した。それを著者自身が日本語訳した作品である。

 対米開戦から75周年。著者の思いは、「現代日本の起源」という副題に込められている。今日の日本人には、太平洋戦争期とは比較にならないほど「自由」が与えられている。ゆえに、われわれ一人ひとりに指導層にたいする「責任」がある。

 たとえば、著者は、「福島原発事故や新国立競技場建設問題までに至る道のり、及びその事後処理における一連の経緯」について、指導層に「当事者意識や責任意識が著しく欠如」していると指摘する。

 たしかに、41年とは異なり、今日の日本人が自ら選択肢を狭めたり、曖昧さと無責任に逃げ込んだりしてはならない。本書は「自由」を享受しうる現代の日本人への指南書である。

(山梨学院大学教授 小菅 信子)

[日本経済新聞朝刊2016年7月17日付]

1941 決意なき開戦: 現代日本の起源

著者 : 堀田 江理
出版 : 人文書院
価格 : 3,780円 (税込み)

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