急な頭痛やマヒ、認知症… 慢性硬膜下血腫を疑って
放置せずCT検査 早めの手術で回復
東京都在住の71歳男性は、左の手足に力が入りづらくなっていた。ある日、風呂場でバランスを崩して倒れ、頭や腰を打った。近くの病院でコンピューター断層撮影装置(CT)の検査を受けると、頭に血がたまる慢性硬膜下血腫と診断された。その日のうちに手術で血を抜くとすぐに左手足のマヒは回復。2日後には元気に退院した。
実は2カ月前に自宅で脚立から足を踏み外して壁に頭をぶつけていた。軽いけがだったので病院には行かなかったが、そのときに頭の中で出血したらしい。
頭を強く打った直後に激しい頭痛などに襲われる急性硬膜下血腫に対し、慢性硬膜下血腫の多くは原因となるけがが軽く症状が現れるまで時間がかかる。わずかな衝撃で頭蓋骨の下にある硬膜と、脳の表面の間に血液が徐々に染み出し、脳を押していく。
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患者は高齢者に多く、物忘れや意識障害、不自然な行動などの認知症の症状が出ても、加齢のためと見過ごされやすい。杏林大学付属病院で手術した患者の平均年齢は77歳という。丸山啓介同大学学内講師は「もともと認知症などの症状がある人は気づきにくい」と注意を促す。慢性硬膜下血腫で多くの治療実績を持つ苑田第1病院の木戸悟郎診療総合部長は「急に認知症の症状が出たり進んだりしたときは、原因の一つとして慢性硬膜下血腫も念頭におくべきだ」と話す。
冷蔵庫の扉を開けたときに頭を軽くぶつけた、といった日常生活のなかの軽いけがでも発症の引き金になる。すでに認知症の症状があると、自宅や介護施設でこうした軽いけがを負う危険性も高まる。
患者が高齢者に多いのは、加齢で脳が萎縮して頭蓋骨との間に隙間ができ、血液が染み出しやすくなるためだ。最近では脳梗塞の予防などのために血液を固まりにくくする薬を服用している人も多く、軽いけがで血管が破れると発症しやすくなっているのではないか、と考えられている。高齢者の場合、年間1万人に1人の割合で発症しているとみられ、高齢化の進行に伴って患者が増えつつある。
10歳代の柔道選手でも症例があり、若くても「よく飲酒する人も起こしやすい」(木戸部長)。ただ50歳くらいまでは、マヒなどの症状が出る前に、頭痛を訴えてくる人が多いという症状の違いがある。
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慢性硬膜下血腫で認知症の症状が現れても、手術で改善する。このため「治る認知症」ともいわれる。正確な統計はないが「認知症のうち少なくとも5%、多ければ15%くらいは手術で治るタイプとみられる」と東京医科大学の三木保教授は説明する。約半数は慢性硬膜下血腫が占める。
手術は頭蓋骨に小さな穴を開けて、チューブでたまった血の塊を吸い出してから生理食塩水で洗う。30分程度で済む。多くの患者は診断当日に手術を受けて2、3日で退院。1週間後に抜糸すれば終了だ。
マヒや認知症の症状も多くの場合は、脳を圧迫していた血の塊を手術で取り除いた直後から改善し、再発も5~10%にとどまる。再発した人や多袋性と呼ばれる特殊なタイプの患者では、内視鏡手術をする場合がある。
「治療すれば治るのに、気づいてもらえない患者がいる。的確な診断をするために、必ずCTを撮った方がいい」と三木教授は勧める。慢性硬膜下血腫でマヒや認知症を起こした患者が脳梗塞が原因とされて放置される例もあったという。
高齢者の場合は症状も多様で、認知症やマヒといった明確な症状が出ない人もいる。頭が重い、怒りっぽくなった、動作が緩慢になったといった微妙な変化にも注意が必要だ。
慢性硬膜下血腫はただちに命に関わる病気ではないが、放っておくと患者だけでなく家族など周囲にも大きな負担を強いかねない。原因となるけがは本人も気づかない場合が多いだけに、わずかでも異常を感じたら早めの受診を心がけたい。
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重度認知症の改善例も 高齢患者 特に注意を
慢性硬膜下血腫に伴う認知症は「治る認知症」の代表といわれる。頭部にたまった血を抜く手術で、重度の認知症と思われていた患者が劇的に回復することも少なくない。それだけに、治療が難しいアルツハイマー型認知症などと見分けるために、コンピューター断層撮影装置(CT)などで検査してきちんとした診断が求められる。
慢性硬膜下血腫の患者でも、すでにアルツハイマー型などの認知症を患っていた場合は「認知症は完全には治らない」(丸山啓介杏林大学学内講師)という。慢性硬膜下血腫の症状が回復できたとしても、もともと患っていた認知症からくる症状は残る。
杏林大の研究では、以前から認知症などの症状があった患者では、慢性硬膜下血腫の手術をした後の回復がよくないことがわかってきた。
手術後90日目に患者の予後の状態を示す値が不良とされた割合が、慢性硬膜下血腫をおこす前から認知症などの症状があった患者では52%に達し、症状がなかった患者に比べて6倍以上だった。
同大で治療を受けた患者のうち80歳代は3割、90歳代以上になると7割が、慢性硬膜下血腫の発症前から認知症などの症状があった。高齢化社会で認知症を患う人が増えてくるだけに、慢性硬膜下血腫への注意も必要になる。
(小玉祥司)
[日本経済新聞朝刊2016年7月17日付]
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