くらし&ハウス

安心・安全

失語症を「会話」で助ける 読み上げアプリも活用 ゆっくり話してリハビリ効果

2016/7/8 日本経済新聞 夕刊

 脳卒中などの後遺症で起きる失語症。退院後も欠かせない在宅でのリハビリを支援する動きが広がっている。昨日まで難なく話せた言葉がいきなり分からなくなるなどで戸惑うのは本人だけではない。会話するときのコツを学んだり、IT(情報技術)を活用したりし、コミュニケーションの垣根を低くしよう。

 失語症は症状にもよるが、リハビリである程度回復が見込まれる。国立循環器病研究センター(大阪府吹田市)の主任言語聴覚士、大畠明子さんは「病状が落ち着いたらできるだけ早く言語訓練を。差はあるが発症後3カ月までは効果が上がりやすい」と話す。さらに「発症後1、2年は回復が見られる場合もある」と目白大学の立石雅子教授。

 ただ、医療機関でのリハビリは発症後180日が基本で「実際にはそれ以前の90日ほどで退院を迫られることが多い」とNPO法人日本失語症協議会(東京・杉並)事務局長の園田尚美さん。家に戻っても、思うように意思疎通できなければ引きこもりがちになる。

 園田さん自身、失語症の夫を介護し始めたとき「夫の言いたいことやしたいことが分からないうえ、私の言うことも理解してもらえず大変だった」という。そんな経験から2年前、日帰りの失語症専門リハビリ施設「言語生活サポートセンター」(東京・杉並)を開設。退院後の本人や家族の悩みにも応える。

■手ぶりも交えて

 言語訓練は病院でしかできないと思っている人が多いが「日常生活での会話は効果的なリハビリになる」と大畠さん。専門家も普段のコミュニケーションの重要性を説く。

 一番のポイントは、ゆっくりと短い言葉で、時には身ぶり手ぶりも交えて伝えること。相手が言おうとすることを焦らず待つ姿勢も大事だ。幼児に諭すように何度も繰り返すのは避ける。記憶や思考能力は発症前と変わらないため、ストレスになりかねない。

 最近は、リハビリや意思疎通の手助けになるITサービスが登場している。持ち運びやすいスマートフォン(スマホ)やタブレット端末で利用できる。

 「病院の外に初めて出た時は何も読めず怖かった。アプリがあれば1人で出かけられる」と話すのは東京都に住む大野京子さん(63)。3年前に脳出血で倒れ、重い失語症となった。

 大野さんが使うのは、文字を読み上げてくれるアプリ「指伝話」。読んで理解できないメールも、音声で聞くと分かる。送信の際はスマホの音声認識機能で話した言葉を文章変換。「絵文字入りメールもできるようになり、友人に驚かれた」と楽しげだ。

■訓練用ソフトも

 患者会「品川失語症友の会」(東京・品川)は毎月の定例会でスピーチの時間を設けている。「妹の作るビーフカレーが大好きです」。タブレット端末「iPad」の指伝話が読み上げるのは71歳の男性の文章。「きちんと話せていないのでは、と緊張することなく発表できた」と満足げ。

発声代行アプリ「指伝話」でスピーチ(6月、東京都品川区の品川失語症友の会)

 指伝話を開発したオフィス結アジア(神奈川県藤沢市)は読み上げ機能に続き、失語症の人の訓練用の絵カードアプリ「指伝話メモリ」、服薬時間などを知らせてくれるアプリ「指伝話ぽっぽ」も開発している。

 ソフト開発のアニモ(横浜市)は、医療機関向けの失語症リハビリソフト「花鼓」を在宅用にも販売し始めた。文章を聞き取って発音する際、話し言葉特有の抑揚を聞き取りやすく表現するのが特徴。「家で使いたいとの声が多く、500本ほど売れた」(同社)

 シマダ製作所(群馬県富岡市)が開発した、在宅向け言語訓練ソフト「言語くん」は半身マヒの人が片手でも操作できる。最新版は日常生活でよく使う物や事を描いた2000枚の絵カードや歌入り。

 ソフト使用料は数千円程度から。中には障害者の日常生活用具として公費補助対象のものもあり、障害者手帳で言語障害が認められていれば使える。自治体の障害福祉課などに問い合わせるとよい。

◇     ◇

■発症、20~50代が6割

 失語症では話す、書く、聞く、読むなどがうまくできなくなる。脳卒中や事故のケガなどで起きる。発症年齢は働き盛りの20~50代が6割以上。国内の患者数は50万人以上ともいわれる。

 重症度は、損傷した脳内の場所や初期治療までの時間などで異なる。言葉だけでなく、手足のマヒを併発する場合も多く、症状に合わせたリハビリが必要だ。考えている内容とは別の言葉を発する症状も出やすく、意思が伝わらないだけでなく、思ってもいないことを言い、誤解されることもある。

(小柳優太)

[日本経済新聞夕刊2016年7月7日付]

くらし&ハウス