徳島のカツはフィッシュカツ
カレー風味 歯応え十分
県内の食品スーパーならどこでも扱っているが、県外の人は探すのに少し時間がかかるだろう。総菜コーナーではなく、カマボコやちくわなどと一緒に、パック詰めされたものが練り製品コーナーに並んでいる。サツマ揚げやじゃこ天などと同様に「揚げた練り物」という扱いなのだ。
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昭和30年ごろに初めてカツを売り出したのが、小松島港(小松島市)近くにある津久司蒲鉾。タチウオなどの地魚をすり身にし、カレー粉やトウガラシなどで味付けをする。機械で小判型に成形し、オレンジ色のパン粉をまぶして揚げればできあがりだ。
大人の手のひらより少し小さく、厚さは7~8ミリメートル程度とやや薄め。冷蔵庫で冷えたものをそのままかじると、モサッとした衣とすり身の弾力で強い食べ応えを感じる。シコシコと噛(か)みしめるうちに、しっかり辛いカレー味の中に甘みが立ち上り、素朴な駄菓子のような味わいがする。
フライパンやオーブントースターで軽くあぶると、印象は一変する。すり身は柔らかく衣はサクサクし、カレーの香りも強くなって「一品料理」としての風格を備えてくる。徳島の家庭では、一口サイズに切り分けてマヨネーズやソースを添えて食べることが多い。
同じく小松島市にある谷ちくわ商店でも話を聞いた。専務の谷泰志さん(40)は「うちのカツは歯応えを強くしています」と力を込める。すり身を練るときに加える水分の量を少なくし、しっかり練ることで歯応えを出しているという。やや厚めで味も濃く、ボリューム感を強く感じる。
カツを料理の材料として使うことはあまり無いが「お好み焼きの具にすることもある」と谷さんが教えてくれた。
そこで向かったのが、JR徳島駅近くのお好み焼き店、ニュー白馬。大きめに切り分けたカツがたっぷり入った「カツ玉」を作ってもらった。
カツの表面をあぶってからお好み焼きの上に載せるのかと思いきや、最初から生地の中に混ぜ込んで鉄板でじっくりと焼く。カツの衣が天かすのように生地をふんわりとさせ、カレーの香りとお好みソースの甘辛さが合う。店主の西尾謙三さん(76)は「あまり知られてないが、カツ玉は徳島名物になれるポテンシャルがある」と胸を張る。
普通は練り製品にカレー粉もパン粉も使わないのに、なぜこんなユニークなものが誕生したのか。津久司蒲鉾3代目社長の古川登さん(67)に疑問をぶつけてみたが「ハッキリしたことはわからない」という。
考案したのは古川さんの祖父にあたる初代。カレー粉は魚の臭みを消すためとの説が有力だが、パン粉を使う理由は判然としない。古川さんは「祖父は服装も粋でモダンな人でした。トンカツなどの洋食を意識して作ったのかもしれません」と推測する。
ただのアイデア商品に終わらなかったのは、時代や小松島の地勢が影響した側面もあるだろう。当時はまだ洋食が憧れの対象。港町で魚食に飽きたところに手軽に洋風の味が楽しめるフィッシュカツが人気を博したことは想像に難くない。
小松島で人気が定着すると、県内の他地域にも広がっていった。徳島市の水穂蒲鉾がカツの製造を始めたのは、40年ほど前のこと。社長の津川憲市さん(48)によると「始めた頃はそれほど多く作っていなかったが、だんだんと売り上げが伸びてきている」。
徳島地盤の食品スーパーのキョーエイ(徳島市)では、全店の練り製品販売額のうちカツが12~13%を占める。特にゴールデンウイークやお盆の時期には「帰省した人が、お土産用や自宅向けにたくさん買っていく」と食品事業部の後藤田博明さん(53)。徳島で生まれ育った人にとって、カツのカレー風味は郷愁をかき立てる香りなのだろう。
徳島県東部は豊かな漁場に恵まれ、地魚を使った練り製品店が多く軒を連ねる。フィッシュカツの生まれ故郷、小松島は旅客フェリーの玄関口としてにぎわい、「竹ちくわ」が土産物として人気を博した。
徳島市や鳴門市などにも小規模な店が多くあり、カマボコや平天など様々な商品が並ぶ。ただ不思議なことに、鳴門の渦潮をモチーフとした「なると巻」は見掛けない。「徳島の人は買ってそのまま食べられる練り物を好むから、受けないのでは」(谷ちくわ商店の谷専務)との説もある。
(徳島支局長 畠山周平)
[日本経済新聞夕刊2016年7月5日付]
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