秋田のジュンサイ、いまが旬
酢飯と鍋と 食感ぷるん
和食の食材で知られる「ジュンサイ」が旬を迎えている。国産品の9割を生産する秋田県三種町では収穫が活況。直売所や飲食店に摘み立てが並ぶ。おしゃれな器に盛られ、日本料理の前菜などで登場する高級品の印象が強いが、地元では大ぶりな若葉をふんだんに使った豪快なジュンサイ料理が親しまれていた。
ハスより一回り小さい、丸い緑の葉で覆われた水のきれいな沼。ウシガエルが鳴くのどかな風景の中、タタミ1畳ほどの板張りの箱舟に乗った摘み手が船を傾けながら水の中に手を伸ばす。そもそもジュンサイはどうやって育っているのか。まずは「摘み取り体験」を受け入れている三種町の安藤農園を訪ねてみた。
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慣れない小舟に揺られながら目をこらすと、水面から30センチほどの深さ、茎の間にくるんと丸まった若い緑色の葉が見える。手を伸ばしてつまむとゼリー状のぬめりに覆われ、親指の爪で切ると指の間からぬるりと逃げてしまった。風に流される小舟をこいで追いかけようと、竹ざおを握る左手に力が入る。「無理せず風任せで摘むのがいいよ」と同農園の安藤晃一さん(57)がアドバイスをくれた。
「ジュンサイは買うと高いけど、ここに来ればたくさん採れるし、人に配っても喜ばれる」と能代市から来た常連の今立麻奈美さん(42)。しゃべりながらもジュンサイを摘んだ手をすぐ水面に戻し、次の葉を摘む動きは手慣れたものだ。
「ジュンサイが高いのは収穫を機械化できないから。ほとんどが摘む手間賃だよ」と安藤さん。そんな大変な作業でも、地元の摘み手は1日20キロは収穫する。「夏場は摘まないと1日で葉が開き、食べられないどころか下の葉が育たなくなるから、どんどん摘んで」
収穫したばかりの新鮮なジュンサイをどうやって味わおうか。ジュンサイメニューも豊富なさくら亭(能代市)の店主の桜田澄子さん(55)に個人的なお薦めを聞いてみると「湯通しして冷水で洗い、青じそドレッシングでシンプルに食べるのが好き」。夏にぴったりのさわやかな喉越しと食感が楽しめる。
同店は地元の飲食店が共同で考案し、共通のレシピで提供する「三種じゅんさい丼」も人気だ。ジュンサイが薄焼き卵でくるまれ、酢飯にのったヘルシーな丼。しょうゆで味付けられたジュンサイと卵焼き、添えられた梅が酢飯によく合う。新鮮なジュンサイは緑色の鮮やかさもさることながら、ゼリー状の寒天質が強く感じられる。
「つるんとしているのはジュンサイが自分の身を守るためのムチンという物質で、若いほど強いんです」。三種町商工係でジュンサイ担当の大村和人さん(41)が教えてくれた。「ジュンサイの成分はほとんどが水。水がきれいでないと育ちません」
世界自然遺産の白神山地から清らかな水が流れ込む三種町の沼は、古くからジュンサイが自生していた。稲作が盛んになると流れ込んだ農薬で水が汚れ、天然物の多くは枯れてしまったが、1970年代に国の減反政策のもとで転作作物として奨励されると水田が次々とジュンサイ沼に一変。息を吹き返した。
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「昔から『さなぶり』の後に、家の庭なんかでよくジュンサイ鍋を食べたよ」と居酒屋、酒どこべらぼう(能代市)の店主、成田繁穂さん(72)。さなぶりとは田植えを終えた休みのお祝いのこと。暑い夏も日が暮れれば涼しいのが東北。一仕事を終えたあと、家族で夏のジュンサイ鍋を囲む習慣が根付いていた。
昔ながらというジュンサイ鍋は、親鳥のガラを4~5時間煮込んだスープに豆腐やネギ、セリを入れ、最後に湯通ししたジュンサイをたっぷりよそった素朴な味だ。
「ジュンサイは主張がなく、何にでも合うのが一番いいところ」で、地元名産の魚醤(ぎょしょう)、しょっつるを使った鍋に白身魚と合わせてもおいしいという。この日は締めに、細身の能代うどんを入れてくれた。
スーパーで売られるジュンサイは袋詰め、和食料理店で出合うジュンサイは高級感漂う小ぶり。産地のジュンサイはそのどちらとも異なり、ぷるんぷるんしたぜいたくな味がした。
万葉集で「ぬなわ(沼縄)」と歌われ、夏の季語として使われてきたジュンサイ。かつては日本全国の沼に自生していたが、今では4都県で絶滅。22県で絶滅・準絶滅危惧種となっている。
国内最大産地の秋田県三種町でも1991年に1260トンあった生産量は昨年、458トンにまで減少。摘み手の高齢化や減少が最大の理由で、町は担い手の育成を急ぐ。一方で、ジュンサイの葉から抽出したエキスを配合した化粧品など、秋田県内では食用以外に活用する動きも広がっている。
(秋田支局長 山田薫)
[日本経済新聞夕刊2016年6月28日付]
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