物語戦略 岩井琢磨、牧口松二著
象徴的なストーリーの重要性
「君の言っていることは、正しいけれど、おもしろくない」。その心は、「君の提案にはストーリーがない」。心に刺さるストーリーのない戦略では上司も顧客も説得できない。物語には、同じものでも「他とは違う」価値があるように見せる力がある。タイタニック号沈没でも沈まなかったといわれるルイ・ヴィトンのトランク、NHKのテレビ小説『マッサン』の主人公のモデルであるニッカウヰスキー創業者・竹鶴政孝氏の人生、社員が太らないタニタの社員食堂。事実は小説よりも奇なり。事実に裏打ちされた「差別化する力」である。
ルイ・ヴィトンのストーリーは、セレブに支持されたルイ・ヴィトンの高い品質、技術、ブランド価値を象徴している。この種の企業の強みを象徴するシンボリック・ストーリーを、どの企業も必ずどこかに持っている。本書の主眼は、シンボリック・ストーリーをどう見つけ出し、ビジネスモデルに生かすのか。そのエッセンスを実践的に手ほどきするところにある。
神話学者の「ヒーローズ・ジャーニー分析」によれば、『スター・ウォーズ』『ハリー・ポッター』と言わずとも、「神話」にはヒーローの敗北・試練からの勝利・帰還という法則が不可欠という。どの企業にも必ずいる創業者の苦闘にまつわるストーリーは「神話」になりやすい。「創業者がなぜそれをしたのか、始めたのか」という情熱は、製品・サービスの背景にある「理念」となり、顧客の共鳴にもつながり、シンボリック・ストーリーのツボになる。
どの業界のどの企業でも、先行企業や業界大手に単純に追随するような「おもしろくない」戦略では、いわゆる同質化競争に陥り、未来への展望が開けない。他社とは違うように思わせる、差別化の要素を顧客に「見える化」することはまさに喫緊の経営課題。シンボリック・ストーリーは、有効で実践的な対顧客コミュニケーション戦略ツールになりうる。
現代は、個人が情報の受け手としてだけでなく、情報の送り手になる、個人のメディア化が進んでいる時代である。シンボリック・ストーリーはあっという間に拡散していく力を持っている。本書には、シンボリック・ストーリーを活用したわかりやすい事例が豊富に示され、読者が、自社の物語を作る上での多くのヒントが得られる。上司や顧客に「おもしろくない」と言わせたくない人にお薦めの一冊だ。
(専修大学教授 徳田 賢二)
[日本経済新聞朝刊2016年6月26日付]
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