広島お好み焼き 具モリモリ
野菜の甘み ふわっと香る
お好み焼きの起源は大正時代に西日本を中心に広まった「一銭洋食」とされる。コメより安い米国産小麦粉(メリケン粉)を生地に使い、ソースで味付けした舶来の風味が庶民に愛された。戦後誕生した広島風はそばやうどんのほかキャベツを加えたのが特徴。他地域では駄菓子屋で食べるおやつだったが、食糧難が深刻だった被爆地では主食としてボリューム感が必要だったからといわれている。
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「1枚焼くのに15分。5分くらいの店もあるけど、うちは鉄板が厚いから」
広島市西区のお好み焼き店「Lopez」の店長、フェルナンド・ロペズさん(52)の自慢は厚さ30ミリの鉄板。薄い鉄板は具材にすぐ火が通り、焼けるのも早いが焦げやすい。分厚い鉄板は時間はかかるが、火力が安定し「隅っこでも中心部と同じように焼ける」。
中米グアテマラに生まれ、米ハワイでフランス料理のシェフをしていたロペズさんが妻の故郷である広島に来てLopezをオープンしたのは2000年。修業した老舗の「八昌」ではレシピの基本を教わったほか、開店時に鉄板の調達先も紹介してくれた。広島は造船業が栄え、鉄板が苦労せず手に入ったことも戦後お好み焼き店が増えた理由の1つとされる。
広島県内のお好み焼き店は約1700店。繁華街を歩けば、50メートルに1軒くらいの間隔で遭遇する。1992年に完成した中区新天地の飲食店ビル「お好み村」には3フロアに20店余りが出店し、観光客の人気スポットになっている。
激戦地・広島で16年間営業してきたLopezのファンは全国に広がる。立地する西区横川は三菱重工業広島製作所などに近く、転勤族が多い。「東京や名古屋に転勤した人が店を宣伝してくれる。それを聞いた新しいお客さんが次々に来てくれる」とロペズさん。
味の秘訣を尋ねると「強いていえばオニオンパウダーを使うこと」との答え。具材の野菜に甘みをつけようと試み、一時は乾燥ネギを混ぜ合わせて程良い味にはなったものの「コストが掛かりすぎてやめた」。
そんな時、フランス料理のシェフ時代に野菜に玉ねぎを混ぜると甘みがついたことを思い出した。試行錯誤の末に生の玉ねぎではなく、オニオンパウダーに行き着き、それにセロリのパウダーを「ほんの少し」加えて隠し味にしている。
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具材の野菜、中でもキャベツをいかに甘くできるか――。このテーマに数年来取り組んでいるのがオタフクソース執行役員で「お好み焼き館」館長の松本重訓さん(57)だ。広島風お好み焼きの普及に力を注ぐ同社の約600人の社員の中で、ただ1人「マイスター」の称号を持つ。現在、千葉や宮崎をはじめ全国産地別のキャベツの糖度を毎日のように調べている。
「糖度8~10は甘いと感じるが、それが6なら、お好み焼きにして『おいしい』とは言えない」と松本さんは説明する。同社は2010年に広島市内の農事組合法人と契約し「オタフクキャベツ農場」の運営を開始。今年から広島県庄原市でも試験農場を開設したほか、静岡県の種苗メーカーと「夏場に収穫できるおいしいキャベツ」の品種開発にも取り組んでいる。
「高原野菜」のキャベツは1日の気温差が大きい高地での生産が主流。広島県内はキャベツ農家が少なく「お好み焼き向けに消費量が多いのにほとんどが県外産」と悔しがる。新品種開発が成功し、オタフク農場をはじめ県内での生産が軌道に乗れば「キャベツの『地産地消』が実現して広島のお好み焼き文化がさらに発展する」と夢は膨らむ。
最近はそばやうどんに関しても生で出したり、パリッと揚げたり、さらに蒸したり、茹(ゆ)でたり、と各店は工夫を凝らす。「最近の流行は上から押さえつけず、ふわっとした焼き方」と松本さんは指摘する。
このふわっとしたドーム型の代表格が広島市南区のお好み焼き専門店街「駅前ひろば」に旗艦店を構える「電光石火」。軽い食感が女性を中心に人気を集め、広島県内だけでなく愛媛県今治市にも出店。広島風お好み焼きはご当地グルメの壁を突き破りつつある。
戦後広島でお好み焼き店が増えた背景の1つに戦争で夫を亡くした女性が開業する例が多かったことが挙げられる。配給で小麦粉は入手しやすく、鉄板と七輪があれば子供の面倒を見ながらでも営業できた。
「○○ちゃん」という店名が多いのも女性店主が自分の名前をつけたからといわれる。ただ、老舗の「みっちゃん総本店」は創業者の井畝(いせ)満夫会長の幼少時の愛称が由来。市内繁華街の露天商から始めた「みっちゃん総本店」は屋台発祥のお好み焼き店の象徴的存在でもある。
(広島支局長 安西巧)
[日本経済新聞夕刊2016年6月21日付]
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