妊娠と薬の悩み、専門外来で相談 全国40カ所
集積データを判断材料に 持病治療と両立支える
「妊娠したいが、薬を飲み続けても大丈夫でしょうか」。虎の門病院(東京・港)にはこんな相談が年間300件寄せられる。うつ病などの精神疾患から花粉症や風邪の薬まで幅広い。
4000種以上を網羅
同病院は1988年に全国に先駆け、産婦人科医が対応する「妊娠と薬相談外来」を設置した。以来、医師と薬剤師がチームを組み、研究が進んだ海外の論文を集めて独自に分析してきた。現在では大衆薬(一般用医薬品)や難病の治療薬なども含め、4千種類以上の薬の情報を提供する。保険適用の対象外で、料金は1万2千円が目安だ。
パニック障害を患った関東地方の40代の主婦は20代後半の時、主治医に「薬を服用しながら妊娠すれば胎児に異常が出るリスクがある」と助言され、服用を中断した。しかし精神的に不安定になって服用を再開、妊娠はあきらめていた。ただ出産の願望は強く、虎の門病院へ。調べた結果「異常の恐れが大きいという証拠はない」と判明し、30代後半で女児を産んだ。
同病院産婦人科の横尾郁子医師によると、持病などで薬を服用する人には医師が妊娠を勧めないことがある。妊娠しても臓器の奇形など胎児に異常が起こるリスクを示唆し、中絶に至る場合も。横尾医師は「服用しても問題ない薬は多い。飲まずに体調が悪化すれば、育児などに悪影響が出る」と指摘する。
薬と妊娠の問題に悩む女性を手助けする外来が増えている。2005年には厚生労働省の事業で国立成育医療研究センター(東京・世田谷)が「妊娠と薬情報センター」を開設。米国などの投与実績をもとに、30分1万円で医師と薬剤師が面談で助言する。
情報提供など同センターの協力を受け、大学病院などが「妊娠と薬外来」を相次ぎ開設。約40の医療機関に広がり、来年度には全都道府県に1カ所は同外来がある体制が整う見通しだ。
問診票送るだけ
利用の仕組みはこうだ。まず服用中の薬などについての専用の問診票を同センターのホームページからダウンロードして記入・郵送。センターは薬の危険性などを調査した上で、最寄りの妊娠と薬外来を紹介する。電話相談にも応じるほか、主治医に調査結果を送付してもらい、そこで相談もできる。相談件数は合計で年間2千件を超すという。
支援が広がる一方で、添付文書に「妊婦や妊娠の可能性のある人には投与しない」「有益性が危険性を上回る場合にのみ投与する」などと記載された医薬品は多い。なぜだろうか。
医薬品開発では動物実験などを経て、人に投与して安全性や有効性を確認する臨床試験(治験)が行われる。ただ母体などへの影響を考え、通常は妊婦には治験をしない。「安全性を証明できないため、『服用を控える』などと書かれるケースが多くなっている」(虎の門病院の横尾氏)
妊娠の時期によって注意すべき薬はある。日本産科婦人科学会の「妊娠と薬に関するガイドライン」などによると、妊娠4~7週末は胎児の心臓や手足が形成される時期で、医薬品の影響が比較的出やすい。血栓症を防ぐ薬や皮膚病の乾癬(かんせん)治療薬によって、胎児に異常が出ることが確認されているという。
妊娠と薬情報センターの村島温子センター長によると、米国では妊婦への投与が禁じられた薬は日本に比べ少なく、国が投与後の影響の追跡調査に取り組んでいる。日本はこうした海外の情報頼みなのが現状だ。
このため同センターは相談を受けた妊婦の服用後の影響について出産後まで調査し、データベース化を進めている。すでに約6千件の情報が集まり、今後、相談に対する国内の具体例などとして活用する計画だ。
村島センター長は「妊婦らが利用できる薬についてあまり知らない医師は多い。実例を積み上げ、普及を図っていく必要がある」と話す。
◇ ◇
専門の薬剤師育成
妊娠と薬について専門の薬剤師を育てる動きもある。日本病院薬剤師会(東京・渋谷)は妊娠・授乳中の女性の相談に乗り、助言する「妊婦・授乳婦薬物療法認定薬剤師」の資格を2008年度に設けた。それぞれの薬を服用する影響の有無や程度などを講義で学び、試験を経て認定される。
15年10月時点で認定されたのは119人と、まだ少ない。同会は「妊娠と薬についての相談窓口が全ての病院にあるわけではない。こうした資格の認定者を増やし、気軽に相談できる体制を整えていきたい」としている。
(吉田三輪)
[日本経済新聞朝刊2016年6月5日付]
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