4K時代劇、リアル探る 今夏にもBSで試験放送
独特の質感や色 新たな撮影手法
従来より精密なテレビ映像を提供する4Kの試験放送が今夏、BSで始まる。大きな影響を受けそうなのが時代劇だ。表現の幅が広がることへの期待の一方、鮮明な映像がかえって独特の雰囲気を損なわないかとの懸念がある。昔ながらの味を残しながら、4Kならではの作品をどう作るか。現場では試行錯誤が続く。
まだ暗い早朝のシーン。揺らめく水鏡に、主演、松平健さんの険しい表情がくっきりと映し出されていた。4Kで撮影された、JCOMと時代劇専門チャンネルの共同制作による時代劇「顔」(池波正太郎原作、4日からJCOMで先行配信)。顔のしわの一本一本や水しぶきの一滴一滴まで見えるほど鮮明な映像は、従来の時代劇にはなかったものだ。
4Kは現行のフルハイビジョンの4倍の解像度を持つ。2020年の東京五輪をにらみ、8月からはBSで試験放送を開始する。総務省などがまとめたロードマップによると、18年に実用放送を始め、20年の普及を目指している。
将来を見すえ、時代劇では4K作品が増えつつある。昨年は「佐武と市捕物控」(BS日テレ)、今年2月には「三屋清左衛門残日録」(BSフジ)が制作された。時代劇専門チャンネル社長で数々の時代劇の監督も務める杉田成道氏は「時代劇は職人の世界。新しい技術への対応には時間がかかる。準備を進めておく必要がある」と話す。
カツラあらわに
「顔」の撮影が行われていた松竹撮影所(京都市)では試行錯誤が続いていた。これまで時代劇では映像のざらりとした質感やくすんだ色合いが好まれ、フィルムでの撮影が多かった。江原祥二撮影監督は「4Kでは普通に撮るとはっきりと映りすぎて雰囲気が出ない。江戸時代をどう表現するか」と話す。
今作の撮影には、シャープながら柔らかい映像が撮れる単焦点のレンズを使用。ピントがあう範囲が狭く「映像に奥行きを出せる」と江原氏はいう。その分、少しの振動でも画面がぼけたように見えるため慎重さが求められ「撮影手法としては映画に近い」(江原氏)。さらに映像の色彩を抑える処理をし、フィルムのような質感を表現した。
照明の当て方も従来と同じようにはいかないという。セットを使った撮影が多く、映像の鮮明さがかえって作りものの印象を際立たせてしまう恐れもあるからだ。くぎ穴などが映らないようにするため、照明が当たる範囲を狭くするなど細かなテストを重ねている。
地肌とカツラの境が見えてしまうケースも増えており、主演の松平さんは「演じるとき、カツラが気になった」と明かす。カツラを提供する八木かつらの曽我恒夫・床山本部長は「もはや(カツラは)特殊メークの域に入っている」と話す。主役級のメークには40~50分と従来の倍近い時間がかかる。毛を通している網を細かくする、もみあげの部分は地毛を使うといった工夫をしているが、全く映らないようにするのは難しいという。
そこで出番が増えているのがCGだ。カツラと地肌の境目などを消すのに不可欠になっている。撮影や映像処理を手掛けるIMAGICAウェストの保木明元テクニカルディレクターは「機材の問題もあり処理にはまだ時間がかかる。効率を上げるため、試行錯誤している段階」と話す。
影のトーン多彩
一方で、4Kならではの表現力には期待が高まる。フィルムではべったりと単調になりがちだった黒の色調が豊かになり「影の部分の微妙なトーンが表現できる」(保木氏)。光と影の対比が重要な効果を生む時代劇では大きなメリットだ。
「鬼平犯科帳」などをプロデュースした能村庸一氏は「4Kは静的なシーンとの相性がいい」とみる。登場人物が床の間で座っているような場面では、着物の文様や小道具の細部までが手に取るように見える。時代劇専門チャンネルの杉田社長も「今後はチャンバラが主ではなく、人物の描写により重きを置いた作品が増える可能性がある」と話す。
4K時代劇について能村氏は「これまでに完成した作品は質が高く違和感はない」と評価。一方で、技術面とは別に「(一回の本番で撮影する)フィルムの現場にある緊張感が薄れていかないか」と懸念する。CG処理など編集作業でできることが広がっているからこそ「演出を大切にした、昔ながらのやりかたも大切にしていってほしい」と能村氏は語る。
◇
(文化部 赤塚佳彦)
[日本経済新聞朝刊2016年6月4日付]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。