生きること自体が作品 テレビから映画監督に初挑戦
脚本家・遊川和彦さん
主にテレビを舞台に1980年代から現在まで活躍し続けている。「ママハハ・ブギ」「家政婦のミタ」「偽装の夫婦」――。数々の話題作を手掛け、還暦を迎えてその創作意欲はますます旺盛になっている。次の舞台に選んだのは「長年、憧れていた」という映画の世界だ。来年1月公開の「恋妻家(こいさいか)宮本」で初めてメガホンを取った。
重松清の小説「ファミレス」(日本経済新聞出版社)を、作家の許可を得て大幅にアレンジした。原作では中年の男性3人を中心に物語が展開するが、映画では中学教師の宮本陽平(阿部寛)と妻の美代子(天海祐希)の夫婦関係に絞った。息子が結婚して独立し、25年ぶりに2人きりになった男女。ある日、陽平は妻が本の間に隠していた離婚届を見つけてしまう。50歳を迎え、熟年離婚の危機を迎えた2人を通し、夫婦や家族の複雑さを描く。
「生きること、それ自体がシナリオ作りに関わってくる。感情移入できないといいものは書けない」が持論。これまでも、実体験や友人から聞いた話など、私生活の出来事を脚本に色濃く反映させてきた。陽平には2014年に結婚をした自身の経験を投影した。
今作のテーマを「一番近くにいる人にきちんと愛を伝えることの大切さ」と語る。陽平は大学生のときに妻と出会い、子供ができたため結婚する。しかし、「本当にそれでよかったのか」「妻は不満ではなかったのか」という思いが消えず、自分の人生に自信が持てない。その不安が妻にも伝わってしまい、夫婦生活に影を落としている。
原作を読んで、自然と浮かんできたのがタイトルの「恋妻家」という言葉だったという。行き違いや誤解、結婚生活では思い通りにならないことも多い。しかし、「例えば、食べたいものが重なったとき。日常のふとした瞬間、気持ちがシンクロしたときに妻に恋をする」。夫婦といえども、全て分かり合えるわけではない。だからこそ、「一瞬一瞬の恋の積み重ねが夫婦をつなぐ」と感じている。
近年、家族を取り上げた作品を多く手掛ける。「最近、家族や夫婦にはドラマ性がないと思われている。そのせいで設定だけとっぴな作品が増えてる。しかし、人間の関係をきちんと描こうと思えば、距離が近い分、家族には油田は豊富にある」。「家政婦のミタ」では、ロボットのような家政婦を通し、家族の危うさを描いた。「偽装の夫婦」では、ゲイの男性と偽装結婚する女性との性差を超えた絆を描くなど様々な角度から家族を見つめる。
登場人物の内面を丁寧に描くことで視聴率競争が激しい、テレビで生き抜いてきた。舞台が映画に変わっても、見ている人にどうやったら楽しんでもらえるかを意識する姿勢に変わりはない。「最近は、独りよがりな作品が増えている。映画はエンターテインメント。お客さんに分からないことはしたくない」
公開は来年1月だが、早くも次回作への意欲を見せる。「テレビでは山場をCM前に持ってくるなど、ある種あざとく作る。初めて監督をして、映画ならではのリズムも分かった。今は早く次のメガホンを取りたい気持ち」
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演技指導、言葉で細かく
廃業したファミリーレストランが、まるで新店のように生まれ変わっていた。千葉県に作られたセットは、営業中と見まがうほど。その中心で、主演の阿部寛に対し、熱心に演技指導を行う姿があった。セリフだけでなく、座り方、手ぶり、視線に至るまで細かく注文を付ける。「芝居が単純に好き。脚本家として言葉でイメージを伝えることを大切にしている」
自身を「うるさい脚本家のイメージがあるはず」とみる。これまでも現場に行き、演出に口を出すことも多かったという。そのため、クランクインにあたり、スタッフや役者に「言いたいことは言おう」と伝えた。撮影現場では、熟練のカメラマンからの映りやカット割りの提案に熱心に耳を傾けるなど、一丸となって撮影に臨んでいた。
阿部やその妻役の天海祐希について「心がある役者。もの作りに挑む姿勢をみても本当に一生懸命」と語る。初の監督業で、熟練の俳優に支えられる面も大きいようだ。
(文化部 赤塚佳彦)
[日本経済新聞夕刊2016年5月25日付]
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