スクープの舞台裏 映画で描く
報道の理想と現実、克明に
トム・マッカーシー監督「スポットライト/世紀のスクープ」(公開中)は、神父の性的虐待をカトリック教会が組織的に隠蔽してきた事件を暴き、ピュリツァー賞を受けた2002年の米ボストン・グローブ紙のスクープの裏側を描く。
01年夏、親会社ニューヨーク・タイムズ出身の新しい編集局長が就任する。地元にしがらみのない彼は神父の児童虐待事件に注目、掘り下げろと指示する。カトリック教会はボストンの地域社会に根を張り、同紙の読者も過半がカトリック信者。誰もがタブー視する聖域に特集班4人が挑む。
迫真の仕事ぶり
強大な権力をもつ教会。その意を受けた弁護士。及び腰の警察や検察。ガードの固い裁判所。口を閉ざす被害者たち。取材のハードルは高いが、記者たちは丁寧に粘り強く事実を積み上げる。妨害に耐え、他紙の動きもにらみつつ、組織的隠蔽の全体像を確かにつかむまで記事は打たない。生煮えでは真相に迫れない。
何より記者の仕事ぶりがリアルだ。監督と脚本家は脚本執筆前の事前調査に1年かけた。「撮影現場にもグローブの記者が必ず立ち会った」と製作のニコール・ロックリン。部長と特集班のやり取りの細部から、編集局長が原稿を精査し形容詞を削るところ、その際に何色のペンを使うかまで記者の助言を反映した。
女性記者サーシャ・ファイファー役のレイチェル・マクアダムスは本人を訪ね「共に役作りをした」。宗教観からアクセサリーまで教わった。「サーシャは相手の話を親身に聞く能力と、記事を書いた後も対話を続ける意志をもっていた」
「我々は暗闇の中を手探りで歩いている」と編集局長が語るように、映画はジャーナリズムの理想と現実を問う。「光にたどり着くかどうかわからない中、いつか真実が明らかになると信じる信念はすばらしい」とマクアダムス。「権力の乱用は今もある。抑止し、変えていけるのはジャーナリストだ」とロックリン。
スクープの取材現場を映像に収めたという点で強烈なのがローラ・ポイトラス監督「シチズンフォー/スノーデンの暴露」(6月公開)。米国政府がひそかに膨大な個人情報を収集しているとした元米中央情報局職員エドワード・スノーデンの内部告発の一部始終を追うドキュメンタリーだ。
13年6月の告発は英ガーディアン紙が特報し、ピュリツァー賞を受けた。ポイトラスはジャーナリストのグレン・グリーンウォルドと共に香港のホテルの一室で取材し、カメラを回した。
告発内容の衝撃はもちろんだが、取材時のやり取りの生々しさに驚く。米当局の出方をうかがいながらニュースを出すタイミングを探るグリーンウォルド。自ら内部告発者として名乗り出ると主張するスノーデン。緊迫した空気が伝わる。
スノーデンは情報の公開が公益に資するとの信念で行動する。グリーンウォルドらはジャーナリストの使命を果たそうと奮闘する。亡命を決意した内部告発者にとって、取材現場にカメラを入れることは身を守る手段でもあった。国家の秘密裏の圧力に抗すには、すべて光にさらすしかない。
挫折も生々しく
ジェイムズ・ヴァンダービルト監督「ニュースの真相」(8月公開)は04年のブッシュ大統領の軍歴詐称疑惑を巡る米CBSのスクープの実話に基づく。成功物語ではない。報道の根拠の一つである文書に偽造疑惑が浮上し、取材班は窮地に追い込まれる。ヒロインの女性プロデューサーは解雇。名アンカーマンのダン・ラザーも降板する。
映画は偽造疑惑浮上後の局上層部の現場への干渉、それによる取材源との関係悪化、大統領に近い有力者も名を連ねた内部調査委員会の不毛を生々しく描く。
権力の不正を暴く調査報道に高い精度が求められるのは当然だ。ただ権力側の反撃の過酷さ、他メディアの集中砲火には恐怖を覚える。「陰謀論がはびこり、真実を見る目が曇っている」というヒロインの嘆きはあながち的外れではない。
(編集委員 古賀重樹)
[日本経済新聞夕刊2016年5月2日付]
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