ビッグデータ・ベースボール トラヴィス・ソーチック著
米球団に劇的な変化もたらす
データ野球が進化し、もはや以前のデータ野球は陳腐化した。カメラの解像度、センサーの高度化と情報通信技術の組み合わせにより、データの質と量が大きく変化した。
例えば、投球。外角低めのカーブ。かつてはスピード止まりであったが、今は高低差やスピード差まで全ての軌跡がデータ化される。それまでの投手別野手別の打率、ヒット数、出塁率、四死球、三振数などにとどまらず、投球の正確な軌跡やスピード、そしてリリースポイントのデータ、打球の正確な軌跡データと、打撃の瞬間からの守備選手の動きをすべてトラックするというビッグデータ野球で2013年に"革命"が起きる。
以前はワールドシリーズ制覇5回を誇る名門チームであったピッツバーグ・パイレーツは、1993年から2012年まで、20シーズン連続負け越しという不名誉な記録を作った。それに伴い観客動員数も全米最低水準。早稲田大学大学院の私のゼミを修了した桑田真澄がパイレーツにいたのは07年であり、その頃の様子は彼からも聞いていた。ところが、パイレーツは13年から3年連続でポストシーズンに進出したのだ。
本書で書かれているのはこの間の劇的な変化の詳細である。
ピッツバーグの躍進は左打者への独特の守備シフトからであった。1960年代日本の「王シフト」を連想させるが、本書の醍醐味はここから。ゴロを打たせるためツーシームボールの内角攻めを多用するよう投手を指導する。審判の判定分析にもデータを使い捕手の受け方にもコツが。ビッグデータを視覚的に用い、選手一人一人を説得する。こうしたことによりパイレーツは、抜群の守備力を誇り躍進する。
投手の鑑定にも、以前のスピード、球種、制球という要素から落差や幅という要素が重要視され、無名選手がオールスターへ。肩の予防にもビッグデータを用いる。
フロントが効率的な選手獲得にデータを駆使した「マネーボール」の時代とは隔世の感があり、現場の戦略的差配に直結する。これがパイレーツに始まるビッグデータ革命である。
スポーツ界の本ではあるが、ビッグデータのもたらすビジネスモデルの変革を深く理解でき、これまでのKPI(業績評価指標)でいいのか、人事評価基準でいいのかについて考えさせられる。ビッグデータ革命が直撃している今日の全てのビジネスマンにも気づき(早稲田大学教授 平田 竹男)
[日本経済新聞朝刊2016年4月24日付]
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