フード・レストラン

おでかけナビ

明宝VS.明方 岐阜の「ハム戦争」に歴史あり 村消えても並び立つ両雄

2014/6/18 日本経済新聞 夕刊

 「明宝(めいほう)ハム」と「明方(みょうがた)ハム」。ともに岐阜県郡上市の特産品で、国産の豚肉を使い、昔ながらの製法の素朴な味に人気がある。しかし名前や形状が似通っていて、互いに間違えて買ってしまう人も少なくない。
 それもそのはず。両ハムの源流は同じで、分かれた後、生産地の村が村名まで変えるほどの激しいブランド競争をしてきた骨肉相食(は)む“ハム戦争”の歴史があった。
豚もも肉から脂肪と筋を手作業で取り除く(岐阜県郡上市の明宝特産物加工)

 美しい山々と清流で知られる奥美濃地方の城下町、郡上市。長良川鉄道の郡上八幡駅から車で北東へ20分、山あいに明宝ハムを製造する「明宝特産物加工」の本社工場が現れる。

 白衣姿の約20人の従業員が、山積みされた豚のもも肉の脂肪や筋を包丁で丁寧に取り除いていく。名畑和永専務(51)は「手間のかかる解体工程こそ明宝ハムの命。ここまで細かい作業は、大手メーカーではまねできない」と胸を張る。

 細切れにした肉は約1週間熟成させた後、調味料で味付けし、撹拌(かくはん)してフィルムに充てん。加熱・冷却を経て、プレスハムになる。かむと弾力があって、ジューシーな香りが広がり、どこか懐かしい味がする。

 本社の廊下には銅板の肖像画が飾られている。高田三郎氏(故人)。旧明方村の元村長で、明宝ハムを立ち上げ、ハム戦争を仕掛けた人物だ。

 両ハムの源流は1953年、奥明方の農業協同組合が山村振興のため始めた手作りハム。80年にNHK番組「明るい農村」で紹介され、人気に火がついた。しかし88年、農協が生産拡大を狙い旧八幡町に工場を移転したため、村が怒った。

 高田村長らは第三セクターを設立し、「明方の宝に」との願いを込めて「明宝ハム」の生産を始めた。「明方」が「めいほう」と誤読されやすいことを逆手に取った戦術でもあった。村はスキー場や温泉にも「めいほう」「明宝」の名を冠し、ついに92年には村名まで明宝村に変えた。

 「銭もない、名前(知名度)もない、『明方ハムのニセ物』からの出発だった」。創業時から高田村長を支え、後に社長を務めた高田徹さん(69)は振り返る。「唯一の命綱」が農協の工場から引き抜いた元職員18人とハムのレシピだった。県内各地を回って口コミで売り歩き、地道に販路を広げていった。

フード・レストラン