アート&レビュー

舞台・演劇

日経能楽鑑賞会 狂言「咲嘩」 萬・万作、個性光る兄弟の至芸

2014/6/19 日本経済新聞 夕刊

 今年84歳の野村萬と83歳の野村万作。戦後の古典芸能界を駆け抜けてきた兄弟の狂言師が至芸を見せた(6月5、6日・国立能楽堂)。

 主人に命じられ都に住む伯父を呼びに行った太郎冠者は誤って咲嘩(さっか)(盗人)を連れ帰る。無難にもてなして帰そうとする真意をよそに太郎冠者は主人の言動を模倣し事態が紛糾。混乱に巻き込まれる咲嘩を手玉に取って煙に巻く性根をどう定めるか、太郎冠者はなかなかの難役である。

 心技体備わった2日目の萬。錆(さび)を帯びた美声は満場に響きわたり型と表情のメリハリが利いている。気さくにあぐらをかいて咲嘩に心を開く親しみを示しつつ、主人の物まねでは瞬時に位取りを変えて彼を突き放す。そもそも狂言師とは「カメレオン俳優」だが盤石の技術力と演技意志を持つ萬ほどその本質を示す役者はない。身分制の底辺にあって常に「権威」を対象化する役柄・太郎冠者もまた萬の醒(さ)めた視線を共有するものだ。

 初日の万作は白湯(さゆ)の味わい。自然体から流露する豊かな人間性は兄に勝る。仕事のないところでも精一杯(せいいっぱい)の表情を保つ萬に対し、淡々とした「素」で通す万作の「自我を殺しきった個性」はすばらしい。初日に咲嘩を演じた石田幸雄。2日目に主人を演じた小笠原匡。ともに門閥外から入って立派に師匠を支える逸材二人の力演も心を打つ。萬と万作が別派をなして20年。良くも悪くも「それぞれの世界」が確立した。

 初日・友枝昭世、2日目・浅見真州の能「求塚」。アゴが出て面が制御しきれない、左足が弱く型が利かないなど身体の衰えと、それを補う味付けの濃い力演。老いを迎えて「能とどう向き合うか」を問い掛ける舞台だった。

(演劇評論家 村上 湛)

アート&レビュー