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エコノ探偵団

東名阪経済圏が誕生? リニア新幹線で日本変わるか

 

2014/1/7 日本経済新聞 プラスワン

 東京・神田のご隠居、古石鉄之介が初詣の帰りに事務所を訪れた。「年内にも超高速の『リニア新幹線』が着工される。日本は変わるのか」。探偵、深津明日香のおとそ気分がさめた。「確かに一大事」。後輩探偵の松田章司と調査に出た。

■2014年度に着工 東京―大阪間が1時間強に

 リニア新幹線は東海旅客鉄道(JR東海)が建設、運行する。2014年度に着工する予定だ。明日香は東京・品川駅に隣接するJR東海の東京広報

 東京・神田のご隠居、古石鉄之介が初詣の帰りに事務所を訪れた。「年内にも超高速の『リニア新幹線』が着工される。日本は変わるのか」。探偵、深津明日香のおとそ気分がさめた。「確かに一大事」。後輩探偵の松田章司と調査に出た。

■2014年度に着工 東京―大阪間が1時間強に

 リニア新幹線は東海旅客鉄道(JR東海)が建設、運行する。2014年度に着工する予定だ。明日香は東京・品川駅に隣接するJR東海の東京広報室を訪ねた。担当者が説明した。「正式名称は『中央新幹線』。ここを超電導リニアの車両が走ります」

 電磁力で車両を地上から10センチメートルほど浮かせ、抵抗を小さくしてスピードを高めるのが超電導リニア技術だ。運行時の最高時速は500キロメートルで、“超低空の飛行機”という印象を受ける。東京(品川駅)を起点に27年は名古屋まで、45年には大阪まで開業する。

 リニアは途中の山をくりぬいて直線に近いルートをとる。東京―名古屋間の286キロメートルを最短40分程度、東京―大阪間は同1時間強で結ぶ。東京―大阪間の総工費は9兆円に達する。運賃は東海道新幹線に比べ東京―名古屋間が約700円上乗せ、東京―大阪間は約1000円高くなるとJR東海は試算する。

 そのころ章司は名古屋市にあるJR東海の「リニア・鉄道館」にいた。リニア新幹線の乗り心地を体験できるシミュレーターがある。最初は車輪で走り、短時間で加速するとこれをしまって浮上走行する仕組み。着席し、発車からしばらくは下からの振動を感じていたが、車輪を格納したとたんに揺れがなくなった。

 「快適だ」。リニア新幹線は降ってわいた計画ではない。いまから40年ほど前に国の基本方針ができ、山梨県にある約43キロメートルの実験線で開発してきた。超電導リニアの商業運行は世界初の見通しだ。中国の上海では空港から市街地までリニア線が走るが、これは「常電導」と呼ばれるシンプルな方式。それほど高く浮上しないので、遠方への大量輸送には向いていない。

 「経済への影響はどうかな」。章司は三菱UFJリサーチ&コンサルティングの名古屋本部に向かった。主席研究員の加藤義人さん(53)が資料を広げて解説した。東京―名古屋間が27年に開通してから50年間の経済効果は約10兆7千億円。もし同年に東京―大阪間が一括開業すれば約16兆8千億円に膨らむ。

 「東京、名古屋、大阪という三大経済圏が約1時間という短い『時間距離』で結ばれるのですから、生産性は飛躍的に向上するでしょう」と加藤さんは話す。「東名阪経済圏」の誕生で、ビジネスが集積する近隣の上海経済圏やソウル経済圏との企業誘致などをめぐる競争で日本の魅力は増すという見通しも示した。

 東京に残った明日香もリニア新幹線の開業から50年間の経済効果の試算を聞いて回った。SMBC日興証券のシニアエコノミスト、宮前耕也さん(34)によると、東京―名古屋間の効果は5兆~10兆円。「乗車時間は東海道新幹線より50~60分短縮されるので、浮いた時間をほかの仕事に使い、より多くのモノやサービスを生み出せます」。設備の運用や維持でも、新たな雇用が生まれると語る。

 富士通総研の上席主任研究員、米山秀隆さん(50)は東京―名古屋間が5兆6千億~7兆4千億円、東京―大阪間は9兆6千億~12兆7千億円とはじいた。これは建設中の効果を含む。米山さんは、日本全体に対する東名阪経済圏の現在の人口がほぼ半数の計6400万人で、国内総生産(GDP)は7割を占めると指摘する。「東名阪の間で人の交流を活性化します」というのが根拠の一つ。名古屋圏の自動車、大阪圏の家電・電子部品といった地場産業の連携が強まり、新たなイノベーション(技術革新)が生まれる可能性もあるそうだ。

 明日香は改めてJR東海の東京広報室に尋ねた。「東京―名古屋間の開通時期の前倒しや、東京―大阪間の一括開通を望む声は産業界に多いようですよ」。担当者は首を横に振った。「全体に困難な工事が多く、開業時期を大幅に早めるのは無理です」

 JR東海社長の山田佳臣さんはこうした産業界の要望を聞いたうえでの会見で「(資金調達面で)国から特別な配慮のある提案があれば(受け入れを)検討したい」と説明していた。明日香は腕を組んだ。「JR東海だけで国家予算の1割近い建設費をまかなえるかな。仮にリニアの運賃が試算を大きく上回れば、経済効果も変わってくるわ」

 明日香は名古屋の章司の携帯電話を鳴らした。「20年の東京五輪に合わせた開業は困難でも、リニアがやってくる名古屋の財界は盛り上がっているはずよね」。意外な答えが返ってきた。「手放しというわけではなさそうですよ」

 名古屋駅の周辺はリニア開通をにらんだ超高層ビル建設などの再開発計画に沸く。章司によると、名古屋商工会議所では企画振興部の大竹正芳さん(43)が「企業誘致はもちろん、リニア開通を機に名古屋を観光拠点に育てる構想があります」と明かした。ものづくりに依存する産業構造を改める狙いだ。同時に「名古屋からカネやヒトを東京の巨大経済圏に吸い取られる『ストロー効果』への懸念が根強く残るのは事実です」。

 「ストロー効果!? これまでにもあったのかな」。電話を切った明日香は、みずほ総合研究所に急いだ。主任研究員の岡田豊さん(46)が答えた。「前の東京五輪にあわせ、初の新幹線である東海道新幹線の東京―新大阪間が開通した1964年以降、沿線の東京、名古屋、大阪の三大都市圏に人口が集まりました」

 明日香は質問を続けた。「リニア開通で新たなストロー効果は生まれますか」。岡田さんはうなずいた。「2度目の五輪開催でインフラ整備がさらに進む東京が三大都市圏の中で“一人勝ち”となる可能性は高いと考えています」

■人口、東京集中進む可能性

 岡田さんによると、今後は東京都心部へ公共交通機関で30~60分という通勤圏において住民の誘致合戦が激しくなる。これまでは神奈川、千葉、埼玉といった東京の近県だけの争いだったが、リニア開通後はこれに名古屋、大阪なども加わると思われる。

 ただ、名阪が誘致した住民はリニアで東京圏に通勤し、首都圏経済の拡大に貢献する。名阪の企業が本社機能を東京に移す動きにも拍車がかかりそうだ。名阪に住む消費者が、服や貴金属などデザインも重視される高額品をリニアで東京まで買いに行くケースは増えるという。

 明日香は考えた。「東名阪に人口や企業が集中した60年代は高度経済成長期で、『地方』から『都市』に様々な資源が移動する時代だった。低成長期に移り、社会が落ち着いたいまでもストロー効果は起こるのかしら」。明日香が注目したのは長野だ。長野で冬季五輪を開く前年の97年に北陸新幹線の一部として首都圏との直行が始まり、14年度末には金沢まで延伸する。リニアでは、27年に開通しても18年後には大阪延伸で途中駅になる名古屋に似ている。

 長野経済研究所の調査部長、小沢吉則さん(50)によると、新幹線で高額品を首都圏まで買いに行ったり、沿線に住み首都圏の職場や学校に通ったりする人は増えた。首都圏からの観光や出張は日帰りが目立ち、長野に落ちるお金は減った。一方、長野でのストロー効果の論文を05年に共同でまとめた早稲田大学教授の浅野光行さん(70)は「労働力や企業の流出を分析しましたが、大きな影響は確認できませんでした」と述べた。

 明日香と章司は事務所でご隠居に報告した。「リニア沿線には利点も課題も生じるので、ヒトやカネの流れについて引き続き調査と分析が必要です」。所長はニヤリ。「短時間で結ばれる名古屋や大阪からも依頼人が来るぞ」

■今年50歳の新幹線に転機? 「こだま」など増発も

 2014年は新幹線の営業開始から50年の節目だ。1964年10月1日に運行を始めた車両で“団子っ鼻”が印象的な「0(ゼロ)系」による「ひかり」は、東京―新大阪間を最短4時間で結んだ。それまでの在来線特急(東京―大阪間)の6時間30分を大幅に短縮。同月10日開幕の東京五輪に詰めかけた外国人に鉄道技術の高さを見せつけた。いまでは新型車両の「のぞみ」が最短2時間25分で走る。

 新幹線は全国に広がり14年度末は北陸新幹線の長野―金沢間、15年度末には北海道新幹線の新青森―新函館(仮称)間が開業する予定だ。

 ネットワークは東京を中心に各地へ放射状に張り巡らされている。「地方から東京に行きやすく、帰郷も容易になった」(日本総合研究所の岡田孝主席研究員)ことで資源の東京一極集中が進んだ。

 リニア中央新幹線が加わると、先駆けだった東海道新幹線の位置付けは大きく変わる。最速の「のぞみ」の運行本数が減り、停車駅の数が多い「ひかり」「こだま」の本数が増える可能性もある。のぞみが通過する駅を抱える地域は盛り上がる好機だ。

 リニア新幹線でも、東京(品川)と名古屋の間に4駅が新設される。このうち相模原市と中津川市(岐阜県)の新駅は在来線の駅に近いが、甲府市と飯田市(長野県)の新駅は在来線の駅から遠い。岡田氏は「新駅を孤立させず、新たな鉄道やバス路線などで既存の交通網とうまくつなげて新たな需要を創造できれば、リニアのプラス効果をもっと引き出せる」と主張する。

(編集委員 加賀谷和樹、山川公生)

[日経プラスワン2014年1月4日付]

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