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村上春樹「最新作」は雑誌の音楽祭リポート 小澤征爾と大西順子、奇跡の共演

2013/10/25

 作家、村上春樹の最新作は雑誌のために書き下ろした異色の音楽祭リポートだ。新潮社の季刊「考える人」11月号巻末に、「厚木からの長い道のり 小澤征爾が大西順子と共演した『ラプソディー・イン・ブルー』サイトウ・キネン・フェスティバル松本Gig 2013年9月6日」という長いタイトルの寄稿が収まっている。

■大西順子を日本トップのジャズ・ピアニストと言い切る

季刊「考える人」への寄稿

 闘病からの復帰を期したクラシック音楽の世界的指揮者の男性と、一度は引退を決意したジャズ・ピアニストの女性。2人の奇跡の共演の仕掛け人という珍しい立ち位置から、村上は音楽、音楽家への熱い思いを少年のような率直さで語る。

 かつてジャズ喫茶を営んだだけあって、音楽への傾倒はもとより深い。デューク・エリントン、アール・ハインズ、セロニアス・モンク、チャールズ・ミンガス、アーマッド・ジャマル、ランディー・ウェストン、シダー・ウォルトンらに連なるリズム感覚のジャズ・ピアニストとして、大西順子を日本のトップに挙げることにも、一切ためらいがない。

 村上は大西の音楽を全身で受け止める。

 「表層的なリズムの内側に、もう一つのリズム感覚が入れ子のように埋め込まれていることだ。その複合性、あるいはコンビネーションが、聴くものの身体にずぶずぶと食い込んでくる。僕は大西さんの演奏を聴いていて、いつもそのずぶずぶ感を肌身に感じることになる。僕の身体が、日常的には感じることのできない特別なリズムを貪欲に吸い込んでいることに気づく。そしてそれは、もう、他のジャズ・ピアニストからはまず得ることのできない、生き生きとして不思議な感覚なのだ」

小澤征爾との対談本

 もちろんジャズ、クラシック、ポップスといったジャンルの垣根も顧慮しない。2009~10年に著した「1Q84」ではジョージ・セルが米クリーブランド管弦楽団を指揮したヤナーチェクのオーケストラ曲「シンフォニエッタ」(ソニー)、今年のベストセラーの「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」ではラザール・ベルマンが独奏するリストのピアノ曲「巡礼の年」(ユニバーサル)に光を当て、久しく埋もれていたクラシックの名盤を復活させた。2つの小説の間、11年には世界的指揮者との対談本「小澤征爾さんと、音楽について話をする」も出した。ここではマエストロ(巨匠)への畏怖の念もあったのか、博識だが素朴な音楽ファンの範囲を超える振る舞いは、慎重に控えていた。

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