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ロシアン・ピアニズムを聴こう 寒い夜の心にしみる音楽

2012/12/21

 寒い時に寒い国を旅したくなるような感覚だろうか? 雪景色にはチャイコフスキー、ラフマニノフらロシアのピアノ音楽が似合う。19世紀のルビンシテイン兄弟から旧ソ連時代の音楽教育を通じ、ロシアは優れたピアニストとピアノ音楽を数多く生んだ。

■日本でも学べるロシアのピアニズム

佐藤泰一著「ロシアピアニズム」

 1860年代から今日までのピアニストを網羅し、ロシアのピアノ芸術の系譜を究めた本が日本独自に存在する。新日本製鉄の技術者と音楽評論の二足のわらじをはいた佐藤泰一氏(1938―2009年)が2006年に完成した「ロシアピアニズム」(ヤングトゥリー・プレス刊)。複雑に入り組んだ人脈を解き明かし、優れた伝統が体制の変転を超え、はぐくまれてきた流れを親しみやすく伝える力作である。

 日本にもロシアン・ピアニズムのファンは大勢いるが、それぞれのピアニストの持ち味はかなり異なる。百花繚乱(りょうらん)の個性の厚い集積、というのが実態だろう。

 新潟県立新潟中央高校音楽科に今年4月、「ロシアンメソッドピアノ専攻」が新設された。モスクワ音楽院から教師を招いてきた岡山県のくらしき作陽大学音楽学部の協力で、ロシア人ピアノ教授が高校生を直接指導する。モスクワへの短期留学も視野に入れている。

 実は、旧ソ連地域出身のピアニストが日本人ピアニストを育てる歴史の起源は第2次世界大戦前にさかのぼる。田中希代子、フジ子ヘミングらの師でサンクトペテルブルク出身のレオニード・クロイツァー、豊増昇や園田高弘の師でキエフ出身のレオ・シロタらの名手はロシア革命を逃れ、1930年前後から日本で教えていた。

 東京では武蔵野音楽大学がロシア人ピアノ教師の招へいに力を入れ、セルゲイ・エデルマンやエレーナ・アシュケナージ(ウラディーミル・アシュケナージの実妹)らに続き、昨年には1996年リーズ国際ピアノ・コンクール優勝者、イリヤ・イティンが加わった。

 現役ばりばりのビルトーゾ(名手)であるイティンは最近、2010年3月7日の「マイアミ国際ピアノ・フェスティバル」での昼夜2公演に及ぶ「ロシアン・ミュージック・マラソン」の模様を収めたDVD(米VAI4554=輸入盤)を発表した。ラフマニノフの「24の前奏曲」全曲とプロコフィエフの「ソナタ第7、8番」(第2次大戦中に初演されたので「戦争ソナタ」のニックネームがある)。いずれもピアノ演奏も達者な作曲家が超絶技巧と深い音楽性を織り交ぜて書いた傑作。なかなか1日で弾ける代物ではない。

武蔵野音楽大学で教育にも携わる1996年リーズ国際ピアノ・コンクールの覇者、イリヤ・イティン

 特にラフマニノフの24曲は、CDなら2枚分の分量。普通は何曲かを選び、他の作品と組み合わせて演奏する。イティンは「全曲を通して弾くことで全24作を通じて張りめぐらされた作曲家の意図、曲どうしのつながりを解明できる。生前は『甘美な旋律と超絶技巧に溺れた作曲家』と評論家から攻撃もされたラフマニノフが、実際には大変に複雑で洗練された音楽を完成していたのかが、全曲でははっきりわかる」と指摘する。

 一方、「戦争ソナタ」は古典の仲間入りをするにつれ、演奏至難と考えるピアニストが減った。だが「すべての偉大な芸術は誕生の瞬間、『アバンギャルド(前衛)』だった。楽に弾けるようになっても、初演時に人々へ与えた衝撃まで失い、博物館に収める演奏であってはならない」として、イティンはプロコフィエフのクライマックスを壮絶に築く。

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